2026/8/7
エース級の財務官僚が異例転出へ 官邸幹部「協力的でなかったから」:『一松氏は強い財政再建論者で、政治家に直言することで知られている。』⇒7日付の財務省人事で、次官候補と目されていた主計局次長が東京税関長に回った。官邸幹部が「政権にあまり協力的でなかったから」と語ったと報じられ、露骨な介入だという声が上がっている。
だが私には、これのどこが問題なのかがわからない。
内閣人事局は2014年にできた。それまで事実上各省が決めていた幹部人事を、官房長官のもとで一元管理する。省益で回っていた人事を政治の責任下に置く。そのために作った器である。今回の人事は、その器が設計どおりに動いただけだ。設計どおりに動いた途端に「介入」と呼ぶのなら、いったい何のために法律を変えたのか。
官僚は選挙で選ばれていない。予算の組み方も税率も、最後は選挙で審判を受ける側が決める。財務省は「官庁の中の官庁」と言われ、これまで人事に官邸の意向が露骨に反映されることはなかったという。しかし、予算編成という最強の権限を握っているのなら、なおのこと民意の統制は強く及ばなければならない。逆ではない。
批判すべきは人物ではなく、政策判断のほうだ。実質賃金が伸び悩み、内需が弱いこの局面で、消費税減税を頑として拒み、財政再建を最優先に置く。景気が過熱しているならいざ知らず、いまそれをやれば需要をさらに削るだけである。私はこれを誤った判断だと考えてきたし、いまも考えている。政権が別の判断を選んだ以上、その実務を担う顔ぶれが変わるのは当たり前の話だ。
信念を持つのは結構である。政治家に直言する官僚は、むしろ貴重でさえある。ただ、自分の信念を国の政策にしたいのなら、道は一つしかない。辞めて選挙に出ることだ。有権者の前に立ち、票を得て、議席の重みで主張すればいい。それをせずに人事の安定だけは保障しろというのは、権力は握るが責任は負わないという、いちばん筋の悪い立場である。
そもそも「左遷」という言い方自体が、官僚人事は官僚が決めるものだという古い前提の上に乗っている。そこを疑わないかぎり、議論は始まらない。
もっとも、人事は手段にすぎない。肝心なのは中身だ。食料品にかかる消費税を恒久的に下げること。そして、賃金が本格的に上がりきる前に日銀が引き締めに走らないこと。この二つをやり切れるかどうかで、高市政権の評価は決まる。人事の話で満足しているようでは困る。

この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>金子 洋一 (カネコ ヨウイチ)>エース級の財務官僚が異例転出へ 官邸幹部「協力的でなかったから」:『一松氏は強い財政再建論者で...