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【祝・Fable再開】AIは「人類みんなのもの」ではなかったのか——理念を歪める「重力」とは?

2026/7/1

先日、「Fable供給停止」というニュースについて記事を書きました(「Fable」供給停止が示すもの)。

しかし本日。
「Claude Fable」が、日本時間7/2より供給再開されるとの報道がありました。(アンソロピックのAI「Fable」2日再開 禁輸解除も定額は1週間限定(日経新聞))

これは朗報です。
7/8以降は全額従量課金となり、かなり高額になってしまいますので、7/7までの間にぜひ、一人でも多くの方にFableに触れてほしいと思います。

Fableに触れれば、わかると思います。
「これは、とんでもないものだ」
「これが世界中で使われたら、間違いなく世界は変わる」と。

しかし。
この感覚を共有している政治家は、何人いるのでしょうか。

記事(「Fable」供給停止が示すもの)の最後に、私はこう書きました。
「日本政府および日本の政治家は、この問題の重要性を本当に理解しているのか。私の目には、ほとんど理解されていないように見える」と。

では、私たちは何を理解すべきなのか。
何をしなければならないのか。

いち板橋区議にすぎない私が論じるにはやや分不相応なテーマかもしれませんが、今、日本で、このテーマを論じている政治家があまりに少ない。

故に、一石を投じる意味で、今回から数回に分けて、「AIと民主主義」というテーマを、世界の議論から板橋区の足元まで降ろして考えていきます。

その第一歩として、まず出発点に立ち返ります。
世界のAI開発を率いる二人——OpenAIのサム・アルトマンと、Anthropicのダリオ・アモデイ——が、「AIはどうあるべきか」を 当初どう語っていたか を、彼ら自身の言葉で振り返ることから始めます。

かつて、AIは「みんなのもの」だった

2015年、アルトマンらが「OpenAI」を立ち上げたとき、その設立宣言は驚くほど理想主義的でした。

曰く——これは非営利であり、「財務的なリターンの必要に縛られず、人類全体の利益に最も資する形でAIを発展させる」。
研究成果は公開し、特許があれば世界と共有する。
「株主のためではなく、 すべての人のために価値を築く 」。
そしてAIは「自由の精神に則り、安全に可能な限り、広く均等に行き渡らせるべきだ」と。

ダリオ・アモデイの出発点も、静かな良心でした。
2016年、彼が筆頭著者となった論文は、SF的な「超知能の暴走」のような派手なシナリオをあえて脇に置き、現実のAIが起こしうる地味な「事故」をどう防ぐか、という 工学の問題 として安全を論じています。
そこに地政学も、政治イデオロギーもありませんでした。

——AIは、みんなのものだった。少なくとも、言葉の上では。

10年で、言葉と組織は姿を変えた

それから約10年。彼らの言葉と組織は、大きく姿を変えました。

OpenAIは2019年、「非営利のままでは、必要な数十億ドルを集められない」として、利益に上限を付けた営利子会社をつくりました。
同じ年、マイクロソフトが10億ドルを投じ、商業化の優先パートナーになります。
2023年のGPT-4では、もう設計も学習データも公開されません。
そして2025年秋、ついに利益の上限すら撤廃し、全員がふつうの株式を持つ営利企業(PBC)へと転換しました。

理由は、いつも同じです。
最先端のAIを実現するには、計算資源が、つまり巨額の資本が要る 」。
「人類全体の利益のため」という看板は残りました。
しかし中身は、非営利・オープンという理念から、資本の論理へと、確実に移っていったのです。

象徴的な事実があります。
イーロン・マスク氏との裁判で公開された設立直後(2016年1月)の社内メールには、すでにこんなやりとりがありました。
「AIの完成に近づくほど、 オープンでなくする方が理にかなう。”Open”とは、完成後にみんなが果実を享受するという意味であって、中身(科学)まで共有しなくてよい」。
創業のわずか1か月後には、「開かれたAI」という名前の解釈が、もう書き換えられ始めていたわけです。

アモデイのAnthropicは、もう少し複雑です。
彼は「安全のためにこそ、自ら最前線でAIを作る」という理念を、一貫して掲げ続けています。
しかし2026年、同社は300億ドルを調達し、評価額は3,800億ドルに達しました。
そしてアモデイ自身が、こう認めています。
価値観を保ちながら経済的に生き残るプレッシャーは、凄まじい 」と。
理念を守ろうとする人間でさえ、資本の重力からは逃れられない。彼の言葉は、それを示しています。

「資本」と「権力」という「重力」

ここで私が言いたいのは、「彼らは変節した」という単純な話ではありません。

出発点の理想は、おそらく本物でしょう。
問題は、AIという技術そのものが、 莫大な計算資源=資本を要求する構造 を持っていることです。
その重力の前では、どんな理想も、少しずつ形を変えていきます。
「みんなのもの」だったはずのAIは、気づけば「巨額の資本を動かせる者のもの」になっていく。

もうひとつ考えなければならないのは「政治」です。
権力とは「規制当局」であり、資本の論理とは別角度から「AIのオープン化」を阻んできます。
「Fable公開停止」は、まさに「AIに係る政治リスク」が初めて顕在化した事象といえます。

第一次トランプ政権は2017年1月〜2021年1月。
第二次トランプ政権は2025年1月〜現在。
AIをめぐる「政治リスク」が前面に出てきた局面は、自国優先を強める米国政治と重なっています。
非常に功利的な考え方の持ち主であるトランプ大統領との距離の取り方を、AI企業はいま経営判断として迫られています。
サム・アルトマンは政権に接近し、ダリオ・アモデイのAnthropicはむしろ摩擦も抱える——その違いはあれ、AIの行方が政治権力と不可分になっていることは間違いありません。

前回の記事で書いた「最強のAIを使える者が、使えない者を支配する」という構図は、この「資本」と「権力」が発生させる「重力」により生じるものだ、ということです。

ならば、結論はひとつ。

「AIを『みんなのもの』にする」というミッションを、もう一度打ち立てなければなりません。
これを、いち企業や、いち経営者に委ねることは不可能です。
政治が、このミッションを担わなくてはなりません。

スコープは「世界」から「地元」へ

そしてこれは、太平洋の向こうの話で終わりません。

板橋区がこれから行政サービスにAIを導入するとき、また私たちがAIを使うとき、この巨大資本と地政学の真っ只中にあります。
誰がそのAIを握っているのか。
誰が、その電源を切れるのか。
区民の暮らしを預けるAIを、私たちはいったいどんなルールで選ぶのか。

その問いを、国の立法から、板橋区の調達の現場まで、これから何回かに分けて、皆さんと一緒に降りていきたいと思います。
次回は、もう一段奥へ——「そもそもAIに“良い心”を持たせることはできるのか。その良し悪しは、誰が決めるのか」という問いに入ります。

今回も、皆さんのご意見・ご感想を、ぜひお聞かせください。

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中妻 じょうた

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肩書 板橋区議会議員
党派・会派 立憲民主党
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