2026/8/5
広島における戦争加害をフィールドワーク
気温37℃!1日をかけて、安野発電所の建設における中国人強制・強制労働、いわゆる西松和解西松建設と被害者聯誼会との和解)ゆかりの現場を視察しました。
戦争捕虜、抗日運動の烈士、農民など360人(うち3人は移送船内で死亡)を当時の国際法違反を偽装して使役したのは、七尾港海陸運送が、同様に中国人労工399人を港湾荷役に酷使した七尾事件と共通して事実です。
今日は、広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会の川原さんはじめメンバーの方々のご案内、解説で、安野 中国人受難之碑、取水口、導水路掘削、劣悪な収容施設跡、トロッコ脱線で失明者を出した事故現場などを丹念に回りました。
坪野地区の善福寺では、犠牲者の慰霊・追悼、戦後の遺骨送還運動にも関わり、天津市の烈士陵にも赴いた善福寺ご住職からも仏教者としての思いを伺えました。
七尾強制連行・労働の史実調査、馬得志さんはじめ元労工からの聴き取り、戦後補償裁判支援などを経験してきた者として、これらの歴史継承活動の重さを実感しました。
安野 中国人受難之碑は、和解の記念碑ゆえ、異例のことながら、死者のみならず、連行者全員の名前を刻んでいます。そして、石碑の裏面に、西松建設の名が併記されています。その先駆性に敬意を覚えました。
安野発電所に従事させられた中国人たちは、抵抗によって国防保安法違反や傷害致死容疑者の嫌疑がかけられ、広島刑務所に収容されました。広島市内の爆心地近くで取り調べを受けていた5人は、原爆により爆死しました。
原爆被害は、日本人ばかりではなく、当時の在日アジア人にも及んだことは、日本の侵略加害という本日から生じたことでした。
サンフランシスコ講和条約の枠組み論を不当にも持ち出し、賠償請求権は消滅したとすると最高裁判決により、戦後補償は閉ざされました。しかし、史実を心に刻み、伝え続けることが、殉難者の名誉回復、人間的和解・交流を生み出します。中国との不再戦、東北アジアの平和連帯の共通基礎をつくり出すことを忘れてはなりません。
その意味からも、明日広島平和記念式典にやってくる高市首相は、参列の資格がないことを申しておきたい。明日は帰れコールが巻き起こるでしょう。








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