2026/8/18

明るい奈良を再生する会・活動報告 №1 令和8年8月16日
チラシ配布活動での有権者からの質問と見聞を深める活動についてご報告します。
〈有権者から頂いた質問〉
1.今の世の中おかしくないですか。

8月14日早朝JR奈良駅前でおばちゃんと世間話をしました。
高齢者のいじめの話が出てきました。
何スーパーで買い物する時に入口付近の椅子で休んでいると、同年代のおばさんから何でそんな所に座ってんだと文句を言われたとのこと。反対に言い返してやったと。
虐めは子供だけの世界ではなく、大人の自己中が増えている感じです。
高市さんの支持率がなぜ下がったかの話があり、私の掲げる命の話に関心を持ってくれました。
芸能や人気商売なら別ですが、世の中見た目で判断しない方が良いです。
2.奈良大学の学生から質問されました。

8月16日西大寺駅前でビラを配っていたら、
私の活動に興味を持ったのか、奈良大学の学生に質問されました。
「何の活動をしているのですか」
幟の「命を守り、命輝く奈良を。」に興味を持ったのでしょうか。
私は「奈良を再生するために活動しています。奈良は表面的には上手くいっているように見えますが、隠れたところで深刻な問題があります」と伝えました。
質問した学生はサークル活動で課外活動などをやっていて、社会活動に興味を持っているようです。
私はもっぱら自説を説明してしまいましたが、若い人の活躍に期待していることを伝えました。
余談ですが、奈良大学についてはあまり知らなかったので調べてみました。
史学科、文化財学科など奈良を掘り下げる特徴のある大学ですが一般市民には知られていないのではないでしょうか。
大学が社会に対して発信している機会が少ないのだと思います。
少子化により大学も選別の時代を迎えています。大学も社会に対し発信することが必要ではないかと学生に伝えました。
大学は勉学を通して考える力を養うところです。与えられた情報だけで判断せす、積極的に情報を取りに行き問題・課題に取り組む姿勢を持ってほしいと思います。
その意味で学生が私の活動に質問を投げかけたことはよいことだと思います。
〈若い人の活動を見て見聞を深める〉
1.大学生によるマルシェ(物販など)を見学

奈良市の公報で6月6日午後に大和西大寺駅北口広場で、大学生によるマルシェ(物販など)があることを知り覗いて見た。
奈良大学文芸部の学生が自費出版している小説をダダ読みできるコーナーに座って目を通してみた。
それらしい小説家風のタッチで書いてあり、タイトルも一風変わったものがあった。
「黒」と奇を狙ったタイトルが目に付いた。表紙は墨で黒く塗りつぶした絵があり、文字のタイトルはなかった。こんなテクニックを考えたのか。
他の作品をパラパラとめくると「爆弾」という言葉が目に飛び込んで来た。
最後の結末が気になり読んで見たが、悲劇のような事件はなかった。
なにやら遊び感覚のゲームのような、花火で遊ぶような感覚で「爆弾」という言葉を使っているのに戸惑った。
私の世代は70年安保闘争、ベトナム戦争反対運動や赤軍事件を知っているので、安易に「爆弾」という言葉を使うことに違和感を覚えた。
青年に敢えて疑問を投げかけた。
私 「文芸部で学ぶ意味は何ですか?」
青年「文学作品という形にしたいと思います。」
私 「形にならない場合は文芸部にいる意味はないのですか?」
青年「私は小説家を目指そうと思っています」
掛け合いがすれ違っているようである。
私は青年の希望を聞いているのではなく、一般論で文学部の存在意義を聞きたかったのである。
世の中の評価では、文学部などの実学に役立たない学部は肩身の狭い思いをしていると思うが、
この年になると、少し解ってくる。
人はどんな年になっても、自分の存在意義とか、何のために生まれて来たのか、という疑問を持つことがある。
そんな疑問に答のヒントを与えてくれるのが文学であり、思考力を鍛える学問であると思う。
直ぐには役立たないのは現実である。
実学だけを学んでそれでよしとすれば、人は労働機械のような存在になる怖れがある。
私は小説からあまり学んでいないが、文学部の存在理由はなんとなく理解できる。
青年がどこまで理解したか解らないが、おおきな疑問符を投げかけてみた。
別のコーナーではボードゲームをしていたので首を突っ込んだ。
「出禁」という名のゲームである。詳しくは検索で調べて欲しい。
4人くらいでやり、店主(リーダ一役)が禁止ワードを10個選ぶ、
プレイヤーは配られたカードから店主が選んでいる禁止ワードにならないものを想定したカードを開いて見せる。親の選んだ禁止ワードでなければセーフとなり得点する。
店主の禁止ワードは見えないので、その人の性格、ものの考え方が隠されている。
一巡すると、親の性格の裏読みするようなゲームである。
店主と一緒の禁止ワードを2回出すとゲームから外される。
残った人の得点を競うゲームである。
このゲームは学生だから出来るゲームで、社会人が仲間と一緒やったらお互いの性格・考えが丸見えになるので、
仕事に支障も出て来るし、上下関係のある中で出来ないゲームである。
学生の自由な立場と余裕のある時間の中で成り立つゲームであると思った。
他に「教祖爆誕」ゲームをやった。
配られたカードを繋げて、教祖のように人を救う神のお告げの言葉を作る。
ゲームに参加しない判定者が、参加者の作ったお告げの言葉が気に入り指名されると一つアップ、
ババ抜きのように最初に配られた3枚のカードが判定者に引き上げられると勝となる。
教祖になりっきて、配られたカードのランダムな言葉をつじつまの意味のある言葉のように合わせる。言葉の組み合わせのセンスがいる。しかも教祖のように。
こんな際どい遊びを誰が考え出したのか。
世の中、オウム真理教、統一教会など危ない宗教があり、その反映であるような気がした。
自由落書ボードを見た。真ん中に「天皇」の文字があった。皇位継承問題に揺れているので書いたのだろうか?

それを見て私は奈良に遷都と付け加えた。学生がどんな反応を見せるか関心があった。
意外や学生も奈良に遷都したら奈良が賑わうだろうと賛成してくれた。
私は奈良遷都派であることをブログで発信していることを告げた。
特にカードで遊んでいる時に何となく感じたことは、
今どきの学生は自己主張が強い方で、恐れないタイプであること。
禁止ワード基準が大分緩くなっていて、私から見ればダメだろうと思うことも許されるのが学生の世界のようである。
マルシェに出品するくらいだから、積極性があり逞しさを感じるが、一方で禁止ワード基準が緩くなっている点は気になった。
犯罪が低年齢化している社会の姿を見ると、一抹の不安がよぎった。
いづれにしても首を突っ込み学生の世界に飛び込んだことは私にとって大きな意義があった。
社会の流れがどのように進んでいるのか肌で感じることが出来た1日だった。
2.若者の芸術作品を見学

若者の芸術作品を展示する百化展がギャラリー天平ならまちで8月11日~16日に開催され、15日に見学した。
変った名前であるがその由来は、「百化展」(ひゃっかてん)とは、20代のアーティストのみが出展する美術作品の展覧会で、
成長と変化の過程で生み出された作品たちが百にも及ぶ表情を生み出すことから「百化展」と名づけられたとのこと。
今年で3回目の展覧会で国立奈良教育大学ならび工作倶楽部(旧:絵画サークル)」と共同企画で運営されたとのこと。

若い人の発想やエネルギーを感じ取りたいと思って見入った。
芸術は想いの発露であるが、見学者がどう感じたか、感性は人夫々違う。
感性と表示が一致して見入ってしまったのは「母性」という作品だった。
肌色の膨らみのある丸い山が三つ合わさった塊が、母性を感じさせるから不思議だ。
(残念ながら写真は撮ったが著作権の関係で出せない)
後はプラスチックの円盤や切れ端を絵に埋め込んだ「時めき」「Fode」という作品。
新しい素材との融合で不思議な感じを受けた。
細い包帯のような切れ端を絵に絡めた「絡まるならそのように」という作品も斬新である。
解説には「みんなきっと絡まっちゃうと思ったからです」とあった。なるほど。
最後に衝撃的なものを見せられた。
およそ芸術作品しないような恐ろしい感じを受けるものが、「壊死」という作品である。
塑像か紙か材質が何かは解らない。
表題の解説には「無常観に抗うような身体のメカニズムは美しいね」とある。
白い肌の人が息絶えた人が横たわっている姿である。
作品にする心はどこから湧いてくるのか?
およそ死体に向き合うには人は勇気がいる。
職業人(医師や警察官・消防士・葬儀関係者)でない限りなかなか冷静ではいられない。
そんな心が動揺する中で作品に昇華する精神は一般人には無理だ。
この人は、アクセサリーや小さな塑像縄文土器と現代のキャラクターを組み合わせたような作品に感心して買ってしまった。
芸術は人間の最後の砦・あがき・人間の証明であると思った。
どんなにAIが発達しても最後に残るのが芸術だと思った。の作品も販売していた。
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