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【東海市の歴史を誇る催事】令和8年度 平洲祭 ~細井平洲没後226年祭~

2026/5/29

皆さま、こんにちは

参政党 東海市議会議員の 山内りょうへい です🌄

令和8年5月29日

平洲祭に出席いたしました。

郷土の偉人:細井平洲先生の遺徳を顕彰する100年以上継承されてきた催し事でございます。

 

荒尾町の神明社にて、神事と東海市の民謡(踊)保存会様等による踊り披露が執り行われました。

 

その後、荒尾町の西方寺に場所を移し、

仏事と平洲吟詠会殿による細井平洲先生作詩の詩吟が披露されました。

細井平洲先生は、現在の東海市荒尾町にあたる尾張国知多郡平島村に享保13(1728)年6月28日に生誕されました。

幼い頃から学問に励み、名古屋や京都で学んだ後、中西淡淵(なかにしたんえん)に師事します。

淡淵先生の勧めで長崎へ赴き、3年間にわたり中国人について中国語を学んだ時期もありました。

 

平洲先生がが37歳のときに、米沢藩(山形県)の藩主となる当時14歳の上杉鷹山(ようざん)公の師となりました。

17歳で藩主になった鷹山公は、平洲先生の教えを実行して、人づくりを通して農業や産業を振興し、

米沢藩の困窮していた財政を一代で立て直し、名君と呼ばれました。

 

江戸へ出て、私塾「嚶鳴館(おうめいかん)」を開いたり、

尾張藩校「明倫堂(めいりんどう)」を創設し督学(とくがく:学長の意)を務めたりしました。

藩学の振興に加え、藩内各地での講釈を行い、庶民教育にも努められました。

経世済民(けいせいさいみん:世を治め、民を苦しみから救うこと)を目的とした彼の教えや、

折衷学派と称される平洲先生の教育学問の特長は「実践しているか」という視座にあります。

人々の生活を豊かにし、国力の養成に適うのであれば学派や末節の議論に固執せずに実践するという

哲学をお持ちでした。

 

平洲先生の教えは、幕末の吉田松陰、西郷隆盛らにも大きな影響を与えたといわれます。

また、ケネディ元米国大統領は内村鑑三氏が著書『代表的日本人』で取り上げた上杉鷹山公を

尊敬していたとも言われています。同著において、その師である細井平洲先生は「当代最大の学者」と紹介されています。

 

 

平洲先生と鷹山公の師弟の交わりは現在も語り継がれ、東海市と米沢市の姉妹都市という結びつきにも表れています。

本祭にも米沢市長、同議会議長はじめ米沢市からご臨席を賜りました。

東海市の学生が修学旅行で米沢市を訪れるのも25年の慣例となり、相互交流の益々の発展を謹んでお慶び申し上げます。

 

月並みではございますが、これからも「学思行相須って(あいまって)良となす」の

実践に努める人間となるよう精進いたします。

 

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著者

山内 りょうへい

山内 りょうへい

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肩書 参政党東海市議会議員 私塾・寺子屋 學愛(まなびあい) 講師
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