2026/8/6

8月6日午前8時15分。広島に原子爆弾が投下されてから、81年を迎えました。
原爆ドームの崩れた壁やむき出しになった鉄骨が、あの日の惨禍を今に伝えています。すぐそばの平和記念公園には緑が広がり、多くの人が行き交っています。その穏やかな風景と、かつてこの場所で起きたこととの落差に、言葉を失います。
一発の原子爆弾によって、学校へ向かっていた子ども、仕事をしていた人、家族の帰りを待っていた人たちの日常が、一瞬にして奪われました。被害を受けたのは建物や街だけではありません。その日まで当たり前に続いていた、一人ひとりの暮らしと未来でした。
しかし、戦争の爪痕が残っているのは、広島や長崎だけではありません。
野洲にある地元比江の墓地にも、戦没者のお墓が複数あります。
普段から目にする地域の墓地に、戦争によって帰らぬ人となった方が眠っている。その事実は、戦争が遠い土地だけの出来事ではなく、野洲の家庭や地域からも大切な人を奪ったことを物語っています。
墓石に刻まれた名前や文字の向こうには、それぞれの人生があります。そして、その帰りを待ち続けた家族や、悲しみを抱えながら戦後を生きた人々の時間があります。
8月6日。犠牲になられたすべての方々に、心から哀悼の意を表します。

私が守りたい平和とは、決して特別なものではありません。子どもたちが安心して学校へ通い、働く人が無事に家へ帰り、家族が明日の暮らしを心配せずに眠れる。そんな当たり前の日常です。
災害への備えを進めること。犯罪や事故を防ぐこと。医療や福祉、教育を支え、暮らしの不安を少しずつ減らすこと。そして、意見の違いがあっても対話を重ね、地域の中に大きな分断を生まないこと。その一つひとつが、日常の平和を維持する政治の仕事だと考えています。
平和は、遠い世界の大きな言葉ではなく、野洲で暮らす一人ひとりの毎日の中にあります。その穏やかな日常を守り、次の世代へ引き継いでいくために政治がある。市議会議員として、その責任を改めて胸に刻む8月6日です。
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ホーム>政党・政治家>田中 りょう (タナカ リョウ)>原爆ドームの前に立ち、野洲に残る爪痕を訪ねて平和のかたちを考えた8月6日