2026/5/14

立川市に住んでいても、ご存じない方が意外と多い事実があります。
立川市内には300軒以上の農家があり、東京都で3番目、北多摩地区内で一番多くの農地が広がっています。
砂川、幸町、若葉町、栄町、武蔵砂川、上砂町、西砂町。
住宅地の中に、本当に農地が残っているのです。
ファーマーズセンターみのーれ立川、たちかわ農産物直売所、のーかるバザール、グランデュオ立川の直売スペース。
立川産の野菜は、毎日、市民の食卓に届いています。これは、奇跡的なことです。
理由は、シンプルです。
私が話を伺った立川の農家さんは、こうおっしゃいました。
「うちはもう70過ぎだ。息子はサラリーマンで、戻ってこない。あと数年で、畑を手放すしかない」
そして、畑が手放されると、何が起きるか。
多くの場合、相続税の関係で、宅地に転用されます。
マンション、戸建て住宅、駐車場。緑がコンクリートに変わる。
一度変わったら、もう二度と、農地には戻りません。
これを、私は「立川の風景の、静かな喪失」と呼んでいます。
気がついたとき、もう手遅れ。
これは、立川全体の問題です。
一方で、こんな声もあります。
「会社員を辞めて、土と向き合いたい」「地方には行けないけど、東京で農業をやりたい」「都市で、新しい形の農業を試してみたい」
新規就農を希望する若者、定年後にセカンドキャリアとして農業を考える方、IT業界からの転身組。
こういう「やりたい人」は、確実に増えています。
問題は、「やめたい人」と「やりたい人」が、出会えていないことです。
民間の農業マッチングサービスは、いくつもあります(relay、農mers、AGRIGATE、BATONZなど)。
でも、地域に根ざした畑、地域コミュニティとの関係、農機具、ハウスといった「具体の引き継ぎ」は、信頼できる地元の仲介がないと、なかなか進みません。
そして、農地の貸し借りや継承には、農業委員会の許可など、複雑な手続きも絡みます。個人同士で進めるのは、現実的に難しい。
ここで、評価したいことがあります。
立川市には、農業を支える公的な仕組みが、すでにいくつもあります。
土台は、しっかりあります。
私が必要だと考えるのは、これらの土台の上に、「やめたい農家」と「やりたい人」を体系的につなぐ第三者継承マッチングプラットフォームを、市として強化することです。
これは、新しい補助金をばら撒く話ではありません。今ある人と土地を、ちゃんとつなぐ「橋渡し」を、市が責任を持ってやる、それだけです。
ここからは、本気で熱く語らせてください。
私は、立川のうどを、ニューヨークの寿司屋で出したい。
立川のブロッコリーを、シンガポールの高級スーパーに並べたい。
立川の植木を、世界中の庭園に届けたい。
夢物語ですか?いいえ、違います。
今、世界中で、日本の野菜・果物の人気が、爆発的に上がっています。
シンガポール、香港、台湾、中東、ニューヨーク、ロンドン。
「Tokyo Vegetable」というだけで、現地で信じられない高値で売れているのです。
立川産農産物は、まさに「東京都の中で生まれた、本物のTokyo Vegetable」です。
これを売らない手は、絶対にありません。
これが、私の合言葉です。
一度、宅地になった土地は、二度と農地に戻りません。
逆に言えば、今、動けば、まだ間に合う。
あと5年、10年、市が動かなければ、立川の畑は本当に消えます。
なぜ私なのか。
ITの専門家として、マッチングシステムやデータベース運用は私の本業です。
立川JC(青年会議所)の活動を通じて、立川の農家さん、商工会、若手起業家、それぞれの方々とつながっています。
そして、私自身、立川で子どもを育てる父親として、立川の畑のある風景を、娘たちに残したい。
立川の畑、次の世代へ。
矢田一久が、必ずやり遂げます。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
皆さんの声を、ぜひ私に届けてください。
矢田一久(やた かずひさ)
立川で政治活動を続けています
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ヤタ カズヒサ/35歳/男
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