2026/5/14

正直に告白します。
20代の頃の私は、選挙に行ったことすら、ほとんどありませんでした。
「政治なんて、誰がやっても同じ」
「自分が一票入れたところで、何も変わらない」
そう、本気で思っていました。多くの若者と同じです。
私は、昭和音楽大学で声楽を学んだ、音楽の道を志した人間です。歌うことと、舞台に立つこと。それが私の世界の全てでした。政治や行政の話なんて、自分には全く縁のないことだと思っていました。
大学を出てからは、いくつもの業界を渡り歩きました。フリーター、サラリーマン、自営業。気づけば、プログラマーになっていました。
そして2018年、私は株式会社NAACSを立ち上げました。IT系の中小企業です。SES(システムエンジニアサービス)とPower PlatformというMicrosoft社のローコード開発ツールを使った企業のDX支援を、生業としています。
人生が変わったのは、長女が生まれた夜です。
妻が出産で苦しむ姿を、私は分娩室の前でただ祈ることしかできなかった。そして、生まれてきた小さな小さな赤ちゃんを、初めて腕に抱いたとき。
そう、心の底から思いました。
当時の私は、何も知らなかったのです。
日本が「失われた30年」と呼ばれる長い経済停滞のなかにあること。
子どもの貧困率がOECDの中でも高い水準にあること。
少子高齢化で、20年後、30年後の日本の社会保障が、どうなっているか分からないこと。
そして、私たち親世代より、子ども世代の方が貧しくなる、史上初めての時代に突入していること。
4歳になった長女と、1歳の次女。
この子たちが大人になったとき、日本は、立川は、どうなっているのか。
失われた30年を、失われた50年にしてはいけない。私たちの世代で、その流れを断ち切らなければいけない。
そう、強く思うようになりました。
最初は、自分が政治の世界に飛び込むなんて、想像もできませんでした。
「政治家になるのは、東大とか出た、特別な人だけだろう」
「自分なんて、ただの中小企業の経営者だ」
そう思って、目を逸らそうとしました。
でも、見れば見るほど、立川市の、東京の、日本の政治には、違和感ばかりが見えてくる。
市民が納めた税金が、どこに、どう使われているのか、まったく見えない。
「DX、DX」と叫ばれているのに、市役所の窓口は相変わらず紙とハンコ。
子育ての手続きをするたびに、同じ情報を10回書かされる。
これを、誰かが変えなければいけない。なら、なぜ私ではいけないのか?
もう一つ、私を動かしたものがあります。
ナークスという私が起こした会社で、一緒に働いてくれている仲間たちのことです。
彼らは、私を信じて、私の会社に来てくれた人たちです。一人ひとりに家族がいて、人生があって、夢がある。
経営者として、私は彼らの生活を背負っています。彼らの給料が、彼らの家族の食卓を支えている。
でも、日本の経済が衰退していけば、いくら私が頑張っても、彼らの未来は明るくならない。
企業努力には限界がある。社会全体が、街全体が、上を向いていなければ、私たち中小企業の経営者には、勝ち目がない。
だから、政治を変えなければいけない。
私の娘たちのため。
ナークスの仲間たちのため。
そして、立川で、同じように家族を抱えて、毎日必死に生きている、すべての市民のため。
2025年6月、私は東京都議会議員選挙に、無所属で立川選挙区から挑戦しました。
結果は、落選です。
正直、悔しかった。家族と、仲間と、応援してくださった方々の顔が、選挙事務所に並んだ落選の文字を見たときに、頭に浮かびました。
でも、私は諦めませんでした。
2026年2月、衆議院議員選挙にも挑戦しました。
この時も、思うような結果は得られませんでした。
二度の選挙を通じて、私は学びました。
有権者の皆さんは、本気で街を良くしたい候補者を、ちゃんと見ています。
そして、私の訴える「財政の見える化」「行政のDX化」というテーマは、決して間違っていない。むしろ、選挙のたびに、共感してくださる方が確実に増えていく実感がありました。
「やめないでください」と、たくさんの方に言っていただきました。
私は立川市民です。立川市富士見町の自宅にて、在宅で仕事をし、立川で2人の娘を育てています。
立川を、本気で良くしたい。
そして、立川から、東京を、日本を、変えていきたい。
国会でも、都議会でもなく、まず、自分の住む街・立川で、地に足のついた変革を始めたい。
だから、私は今、立川で政治活動を続けています。
そして、この地道な活動を、必ず形にしてみせます。
最後に、皆さんにお願いがあります。
私の話を、聞いてください。私の政策を、読んでください。そして、皆さんの声を、私にぶつけてください。
私は、政治家ではありません。元市議でも、元市役所職員でも、政治家2世でもありません。
だからこそ、皆さんと、同じ目線で、同じ生活感で、街を見ることができます。
「政治家ではない私」だからこそ、見える景色がある。
「現役の経営者」だからこそ、語れる責任がある。
「2人の娘の父親」だからこそ、抱えている覚悟がある。
どうか、もう一度、立川の未来を、一緒に考えさせてください。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
皆さんの声を、ぜひ私に届けてください。
矢田一久(やた かずひさ)
立川で政治活動を続けています
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ヤタ カズヒサ/35歳/男
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