2026/8/8
■保険料に手を付けず「控除」と「還付」で帳尻を合わせする案■
国民民主党が「もっと手取りを増やす」ための政策として、「社会保険料還付制度」や住民税の控除拡大を提案しています。
働いても働いても、税金と社会保険料を引かれて手取りが増えない。
この問題に取り組もうとしていること自体は、私は高く評価しています。
しかし、政策の中身を見ると、一つの大きな疑問が浮かびます。
社会保険料が高すぎることが問題なら、なぜ社会保険料そのものを下げないのでしょうか。
国民民主党が現在提案しているのは、社会保険制度そのものを改革して保険料を下げるのではありません。
所得税や住民税を減税し、それでも減税の恩恵を受けられない低所得の勤労者には、払った社会保険料に応じてお金を「還付」する仕組みです。国民民主党自身、2026年6月の政府会議提出資料で、所得税・住民税の控除と社会保険料還付を組み合わせる制度を提案しています。
分かりやすく言えば、
「毎月の社会保険料は高いまま取ります。しかし負担が重い人には、後から別の制度でお金を返します」
ということです。
私は、これは本当の社会保障改革ではないと思います。
むしろ、政治主導で制度そのものを変えることを避け、税制や給付を組み合わせて帳尻を合わせる、極めて官僚的な政策です。
私はこの意味で、国民民主党案を「財務省案」と呼びたいと思います。
もちろん、財務省がこの政策を作ったという意味ではありません。
問題のある制度そのものには手を付けず、控除、還付、給付という別の仕組みを付け加えて矛盾を覆い隠す。こうした「制度を変えないための制度」を作る発想が、あまりにも財務省的だからです。
■保険料を下げずに「後から返す」という不思議
たとえば、毎月3万円取られている保険料が重すぎる人がいるとします。
普通なら、「では2万5000円に下げられないか」と考えるでしょう。
国民民主党案はそれとはかなり違います。
・3万円はそのまま徴収する。
↓
・その代わりに住民税を安くする。
住民税を十分払っていない人には、別途お金を還付する。
結果として手取りが増えるのだからいいではないか、という考え方です。
確かに短期的には手取りが増える人が出ます。
しかし、それなら最初から負担そのものを適正化した方が、はるかに分かりやすい。
取ってから返すより、取りすぎない制度を作るべきです。
ところが、そうすると社会保障制度そのものの改革が必要になります。
・医療費をどうするのか。
・高齢者と現役世代の負担割合をどうするのか。
・国費をどこまで投入するのか。
・保険料の計算方法をどうするのか。
・既得権益にも切り込まなければならない。
当然、大きな政治的対立が起きます。だから制度本体には触らず、税金や還付で調整する。
ここに私は、政治が官僚機構に取り込まれていく典型的な構図を見るのです。
■本丸は社会保険料そのものの逆進性
そもそも、なぜ低所得者ほど社会保険料が重く感じられるのでしょうか。
典型的なのが国民健康保険です。
国保の保険料には、所得に応じて負担する「所得割」だけでなく、加入者一人一人にかかる「均等割」などの応益負担があります。
もちろん低所得世帯には、均等割などを7割、5割、2割軽減する制度があります。厚生労働省もその仕組みを明示しています。
しかし、それでも所得に比例しない定額部分が存在する以上、低所得者ほど所得に対する負担割合が大きくなりやすい構造は残ります。
これはある意味、「人頭税」に近い性格を持っています。
問題がここにあるのなら、政治が議論すべきなのは、
「均等割などの定額負担をどこまで縮小できるか」
ではないでしょうか。
・所得に応じて負担する「応能負担」をもっと強める。
・必要なら国費を投入する。
・同時に医療費そのものの効率化にも踏み込む。
それが社会保障改革でしょう。
ところが保険料の構造は温存したまま、「負担が重い人には後で返しましょう」とする。
これは病気を治すのではなく、痛み止めを出しているのと同じです。
■「給付付き税額控除」が悪いのではない
ここは誤解してほしくありません。
私は給付付き税額控除そのものに反対しているわけではありません。
低所得の勤労者を支援する制度として、給付付き税額控除には合理性があります。
しかし順番が逆なのです。
まず社会保険制度そのものの歪みを直す。
そのうえで、なお所得が低く生活が苦しい勤労者には給付付き税額控除を行う。
さらに、働くことが難しい人や年金だけで生活する低所得者には、別の福祉給付を用意する。
私はこの三段構えにすべきだと思います。
ところが社会保険制度を改革しないまま給付付き税額控除を導入すると、
「社会保険料は高いまま」
「税金を減らす」
「税金を払っていない人には給付する」
という複雑な仕組みになっていきます。
そして一度この仕組みができると、
「負担が重ければ還付額を増やせばいい」
となり、社会保険制度そのものを改革する政治的圧力はむしろ弱くなってしまいます。
ここが最大の問題です。
■地方税を使うことにも疑問がある
もう一つ疑問なのは、住民税を主要な調整手段として使うことです。
社会保障制度の大枠を決めているのは国です。
ところが、その負担調整に地方税である住民税を使う。
責任と制度がねじれてしまいます。
もっとも、ここは正確に見ておく必要があります。
国民民主党は2026年6月の提案で、先行する社会保険料還付について「地方自治体の負担を軽減する観点から、マイナポイントでの給付も一案」としています。したがって、「自治体に財源を丸投げする政策だ」と断定するのは正確ではありません。
しかし問題の本質はそこではありません。
国が作った社会保障制度の負担問題を、なぜ社会保障制度の中で解決せず、住民税や別の給付制度を使って調整するのか。
この疑問は残ります。
制度が複雑になるほど、国民には何が原因で負担が重くなっているのか分からなくなります。
そして役所には新しい事務が増えます。
これこそ日本政治が繰り返してきた、「制度を整理せず、新しい制度を上に積み重ねる」やり方ではないでしょうか。
■国民民主党だからこそ残念だ
私は国民民主党には期待してきました。
玉木雄一郎代表をはじめ、霞が関の仕組みを理解している政治家が多く、現実的な政策立案能力も高い。
だからこそ、自民党ではできなかった改革を突破してくれるのではないかと思っていました。
しかし、行政制度をよく理解していることには、逆の危険もあります。
制度を知りすぎているがゆえに、「制度を壊さずにどう調整するか」という官僚の発想に近づいてしまうことです。
今回の提案には、その危うさを感じます。
国民民主党自身、2026年政策で「社会保険料還付制度」を掲げる一方、公的保険の給付範囲見直しや能力に応じた負担も掲げています。
それなら、もっと本丸に踏み込むべきです。
・保険料を下げたいなら、還付ではなく保険料を下げる。
・逆進性が問題なら、保険料の算定構造を変える。
・医療費が増え続けることが原因なら、医療制度を改革する。
これこそ政治の仕事でしょう。
■維新案の方が少なくとも本丸に近い
この点では、日本維新の会の方が問題設定は明快です。
維新は国民医療費を年間4兆円以上削減し、現役世代一人当たりの社会保険料を年間6万円引き下げるという具体的目標を掲げています。2026年の政策でもこの方針を維持しています。
もちろん、4兆円削減策の中身が妥当かどうかは別途厳しく検証しなければなりません。
しかし少なくとも、
「社会保険料が高いから、社会保障を改革して社会保険料を下げる」
という原因と対策の関係は明確です。
さらにここへ国保の均等割縮小など逆進性是正の視点を加えれば、かなり本格的な改革になります。
■政治家の仕事は「帳尻合わせ」ではない
日本の政治では長い間、社会保障制度そのものに手を付けることを避けてきました。
・給付を減らせば反発される。
・国費を増やせば財務省が抵抗する。
・保険料体系を変えれば得する人と損する人が生まれる。
だから制度の根幹を変えず、補助金、控除、還付、給付を積み重ねてきました。
その結果、日本の税と社会保障は、普通の国民には到底理解できないほど複雑になっています。
ここでさらに新しい控除と還付を積み上げるのでしょうか。
私は違うと思います。
政治主導とは、官僚が作った制度の中で最適解を探すことではありません。必要なら制度そのものを作り替えることです。
社会保険料が重すぎるなら、社会保険料を下げる。
逆進性が問題なら、逆進性そのものを直す。
そのために医療費改革や高齢者負担、公費負担まで含めて議論する。
そこから逃げて、税と給付で数字だけを合わせるのであれば、どれほど精巧な制度でも、それは改革ではありません。
取って、返して、調整する政治から、最初から取りすぎない政治へ。
国民民主党に期待したいのは、官僚より巧妙な制度を作ることではありません。
官僚が守ってきた制度そのものに切り込むことです。
それができなければ、「もっと手取りを増やす」という看板とは裏腹に、政治主導を再び官僚主導へ戻すだけの「財務省案」になってしまいます。
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