2026/5/5
5月5日は「こどもの日」です。
多くの人は、こいのぼり、五月人形、柏餅、端午の節句を思い浮かべると思います。
たしかに、5月5日には端午の節句という長い歴史があります。
しかし、現在の「国民の祝日」としてのこどもの日は、単に男の子の節句を祝日にしたものではありません。
ここを誤解すると、こどもの日の本当の意味が見えなくなります。
国民の祝日に関する法律では、こどもの日の趣旨は次のように定められています。
「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」
大事なのは、最初に出てくる言葉が「こどもの人格」だという点です。
「男の子の成長を祝う」とは書かれていません。
「端午の節句を祝う」とも書かれていません。
法律上のこどもの日は、男女を問わず、子どもを一人の人格ある存在として尊重する日なのです。内閣府も、こどもの日は昭和23年の祝日法制定当初から設けられた祝日であり、「こどもの人格を重んじる」日と説明しています。
実は、戦後の祝日法制定時には、5月3日を「こどもの日」にする案がありました。
理由が非常に興味深いのです。
3月3日は、女の子の節句とされるひな祭り。
5月5日は、男の子の節句とされる端午の節句。
そこで、3月3日の「3」と、5月5日の「5」を合わせて、5月3日を男女を問わない「こどもの日」にする案があったのです。
しかも5月3日は、日本国憲法が施行された日でもあります。
つまり、戦後の新しい憲法の精神と、男女を問わない子どもの人格尊重を重ね合わせる発想があったわけです。
内閣府も、ひな祭りと端午の節句を合わせて5月3日をこどもの日にする案があったものの、5月3日は憲法記念日となったため、最終的に5月5日を採ったと説明しています。そして、5月5日になったからといって「決して男の子だけを対象としたのではない」とされています。
ここが非常に重要です。
こどもの日は、端午の節句の影響を受けています。
しかし、祝日制定の理念は、端午の節句そのものではありません。
戦後日本が、新しい国のあり方として、子どもを一人の人格として尊重する日を作ろうとした。
これが、国民の祝日としての「こどもの日」の本質です。
では、なぜ5月3日がこどもの日にならなかったのか。
それは、5月3日が憲法記念日になったからです。
日本国憲法は、昭和21年11月3日に公布され、昭和22年5月3日に施行されました。憲法記念日は、この施行を記念する日です。内閣府も、憲法記念日について、施行日の5月3日をとるか、公布日の11月3日をとるかについて議論があったと説明しています。
ただし、ここにも戦後日本の複雑な歴史があります。
11月3日は、戦前は明治天皇の誕生日に由来する「明治節」でした。
一方で、昭和21年11月3日は、日本国憲法が公布された日でもあります。
つまり、11月3日を憲法記念日にする考えもあり得ました。
しかし最終的には、11月3日は「文化の日」となり、5月3日が「憲法記念日」とされました。
その結果、5月3日に置かれる可能性があった「こどもの日」は、5月5日に落ち着いたのです。
こうして見ると、5月3日、5月5日、11月3日は、それぞれ別々の祝日に見えて、実は戦後の祝日設計の中で深くつながっています。
5月3日は、憲法記念日。
5月5日は、こどもの日。
11月3日は、文化の日。
その背景には、明治節の記憶、新憲法の公布と施行、そして子どもの人格をどう位置づけるかという、戦後日本の課題がありました。
私はこれまで、4月29日、5月3日、5月4日について記事を書いてきました。
4月29日の昭和の日には、昭和という時代をどう振り返り、日本の将来をどう考えるかを取り上げました。
https://go2senkyo.com/seijika/186483/posts/1364746
5月3日の憲法記念日には、市川市の平和都市宣言と憲法9条、自衛隊の問題について書きました。
https://go2senkyo.com/seijika/186483/posts/1368846
市川市は1984年11月15日に「核兵器廃絶平和都市宣言」を行っており、記事では「平和を願うだけでは守れない」という問題意識から、自衛隊を憲法上どう位置づけ、どう縛るかを論じています。
5月4日のみどりの日には、祝日と祝日に挟まれた日まで国が休日にする、日本の休み方の奇妙さを取り上げました。
https://go2senkyo.com/seijika/186483/posts/1370166
内閣府も、平成17年改正以前の5月4日は、憲法記念日とこどもの日の間の日であったため、祝日法の規定による休日とされていたと説明しています。
そして5月5日は、こどもの日です。
こうして並べると、ゴールデンウィークは単なる大型連休ではありません。
4月29日は、昭和をどう総括するか。
5月3日は、憲法で国家権力をどう縛るか。
5月4日は、国民の休み方を国がどう設計してきたか。
そして5月5日は、子どもを本当に一人の人格として扱っているか。
これらの問いが、4月末から5月上旬のカレンダーに詰め込まれているのです。
ゴールデンウィークは、旅行や帰省のためだけの連休ではありません。
日本の統治、憲法、労働、家族、子ども観が詰まった、非常に興味深い祝日の密集地帯でもあるのです。
こどもの日になると、こいのぼりが飾られます。
五月人形が並びます。
柏餅を食べる家庭もあるでしょう。
それ自体は、日本の美しい季節行事です。
しかし、そこで止まってはいけません。
国民の祝日としてのこどもの日は、本来、子どもを一人の人格として扱う日です。
子どもは、大人の所有物ではありません。
行政の都合で動かされる存在でもありません。
親の都合だけで語られる存在でもありません。
一人ひとりに意思があり、感情があり、人生があります。
だからこそ、こどもの日に本当に考えるべきことは、こいのぼりの高さではありません。
日本社会が、本当に子どもの人格を尊重しているのか。
この問いです。
私は、児童相談所問題について発信を続けています。
一時保護。
面会制限。
親子分離。
施設措置。
これらは、子どもの人生に極めて大きな影響を与える行政判断です。
にもかかわらず、子ども本人の声は十分に聴かれているのでしょうか。
子どもが、自分の置かれた状況を理解し、意見を述べ、異議を申し立てる実効的な機会はあるのでしょうか。
行政の判断は、本当に子どもの人格を中心にして行われているのでしょうか。
祝日法は、「こどもの人格を重んじる」と書いています。
しかし、児童相談所の一時保護や親子分離の現場では、その子ども本人が何を思い、何を望み、どのように生活したいのかが、手続の中心に置かれているとは言えません。
ここに、日本の児童行政の根本的な矛盾があります。
子どものため。
子どもの最善の利益。
子どもを守るため。
そうした言葉は、行政の現場でよく使われます。
しかし、本当に子どもの人格を重んじるなら、子ども本人の声を抜きにして、子どもの人生を大きく変える判断を進めてよいはずがありません。
こどもの日は、子どもを「かわいい存在」として眺める日ではありません。
子どもを「一人の人間」として扱っているかを、社会全体で問い直す日です。
こどもの日は、端午の節句だけの日ではありません。
3月3日のひな祭りと、5月5日の端午の節句を踏まえながら、男女を問わず、子どもの人格を尊重する新しい祝日として構想された日です。
本当は、5月3日をこどもの日にする案もありました。
しかし、5月3日は憲法記念日となり、こどもの日は5月5日に落ち着きました。
だからこそ、5月5日という日付に引きずられて、こどもの日を「男の子の日」とだけ理解してはいけません。
本来のこどもの日は、戦後日本が掲げたはずの理念を思い出す日です。
子どもを、一人の人格として尊重する。
この当たり前のことが、日本社会で本当に実現できているのか。
市川市から、千葉県から、日本の児童行政を見直す時期に来ています。
こどもの日に、私たち大人が考えるべきこと。
それは、子どもに何を与えるかだけではありません。
子どもの声を聴き、子どもを一人の人格として扱っているか。
この一点です。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>たか さん (タカ サン)>〖奇妙な日本の祝日〗こどもの日は何の日か