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【再審法改正】「原則」の一語に潜む官僚支配 三権分立を壊す条文設計とは

2026/4/24

再審法改正をめぐる議論で、非常に重要なことが見えてきました。
それは単に、再審を認めるか、検察の異議申立てをどうするかという技術論ではありません。

本質は、行政官僚が法律の条文づくりを通じて、司法と立法の力を弱め、自らの裁量を残そうとしているという、日本の政治構造そのものの問題です。

今回、特に注目すべきなのは、検察の異議申立て、いわゆる検察抗告をめぐって、「禁止」ではなく**「原則禁止」**という発想が出てきていることです。

一見すると、「原則禁止」でも前進ではないかと思う人もいるかもしれません。
しかし、官僚が主導権を握りたいとき、法律の条文に「原則」を入れるのは極めて典型的な手法です。

なぜなら、「禁止」と明記すれば、裁判所の判断基準は明確になります。
ところが、「原則禁止」と書けば、そこに例外の余地が生まれます。
そして、その例外をどのような場合に認めるのか、どのように運用するのかについては、現実には行政側が強い影響力を持つことになります。

つまり、表向きは改革したように見せながら、実際には裁量権を残しておく。
これが官僚の得意なやり方です。

ここで重要なのは、これは単なる文言のテクニックではないということです。
裁判所は法律の文言に拘束されます。
そのため、条文に曖昧さや例外の余地が残されれば残されるほど、司法は大胆な判断をしづらくなります。

「禁止」と書かれていれば、裁判所はその趣旨に沿って判断しやすい。
しかし「原則禁止」であれば、常に例外との関係を意識せざるを得ず、結果として司法判断の射程は狭くなる。
つまり、「原則」という一語は、司法の判断力を削ぎ、行政の裁量を温存する装置になり得るのです。

この点は、以前に私が書いた三権分立の記事とも深くつながっています。
前回の記事では、そもそも三権分立とは何か、そしてなぜ日本で「官僚支配」のように見える現象が起きやすいのかを整理しました。
今回の問題は、まさにその抽象論が現実の法改正の場面でどう現れるかを示す実例です。
前回記事はこちらです。
https://go2senkyo.com/seijika/186483/posts/1351239

そして、この「原則が骨抜きにされる構造」は、再審法の話だけではありません。
私が追い続けてきた児童相談所の一時保護の問題にも、まったく同じ構図が見えます。

一時保護は、本来、子どもの長期拘束を防ぐため、条文上原則2か月以内とされています。
ところが千葉県の児童相談所では、平均で約70日という実態があり、平均値の時点で既にその「原則」を超えている状態です。

ここで見えてくるのは、「原則」と書いてあることと、「現実に守られていること」は全く別だということです。
条文にはきれいな言葉が並んでいても、現場で長期化が常態化し、その結果として子どもに不利益が生じても、十分な補填がなされるわけではない。
児童相談所が、長引いたことによって子どもに与えた不利益について、きちんと謝罪するわけでもない。

つまり、「原則」は国民向けの看板にはなっても、行政を実際に縛る鎖にはなっていないのです。
これは極めて重大です。
なぜなら、権利保障とは、条文に書いてあるだけでは足りず、実際に守られ、破られたときに責任が問われて初めて意味を持つからです。

守られない原則。
破っても責任を取らない行政。
不利益だけを受ける子どもや国民。
再審法改正をめぐる「原則禁止」という発想にも、私は同じ病理を感じます。

そして今回、その構図を分かりやすく可視化したのが、稲田朋美議員が強く反発していた場面でした。
形式上は国会で議論されている法案でありながら、実際には法務省をはじめとする官僚側が条文づくりや制度設計に深く関与している現実が見えたのです。

本来、法律を作るのは立法府である国会です。
議員は国民の代表として、主権者の意思を法に反映させる責任があります。
ところが現実には、官僚が案を作り、議員がその枠組みの中で議論し、裁判所はその文言に縛られて判断する。
この構図では、見た目は三権分立でも、制度の設計図を握っているのは行政ということになります。

これは極めて重い問題です。
行政が立法に深く入り込み、さらに司法の働く余地まで狭めていく。
今回の再審法改正論議は、行政が三権分立を内側から崩していく典型例として見るべきです。

しかも悪質なのは、「国民は検察の異議申立て禁止に必ずしも賛成していない」といった趣旨の数字まで持ち出されていることです。

しかし、ここには大きな疑問があります。
再審制度や検察抗告の仕組みを、どれだけの国民が正確に理解しているのでしょうか。

刑事裁判において検察官がどれほど強い立場にあるのか。
再審開始決定に対して検察が争えることが、どれだけ救済を遅らせるのか。
冤罪被害者がその間どれほど苦しむのか。
こうした前提知識まで踏まえて答えている人が、どれほどいるのかは極めて疑わしいと言わざるを得ません。

これは国民が悪いのではありません。
制度が複雑で、普通に暮らしていて自然に理解できる話ではないからです。
だからこそ、本来は政治家やメディアが丁寧に説明しなければならないのです。

にもかかわらず、行政側に都合のよい説明だけが先に流れ、その上で出てきた数字を「民意」として使う。
これでは、民意を尊重しているのではなく、十分な説明がないまま作られた空気を利用して、行政の都合を正当化しているにすぎません。

今回の問題を、単なる刑事司法の専門論として片づけるのは危険です。
本当に問われているのは、日本で三権分立が実質的に機能しているのかということです。

官僚は、自らの権限を正面から守りたいとは言いません。
代わりに、条文に「原則」を入れる。
例外を残す。
運用に委ねる。
見直し規定を入れて先送りする。
そして、あたかも改革したように見せる。

この積み重ねによって、国会の力は弱まり、裁判所の力も弱まり、行政だけが強いまま残る。
それが今の日本政治の深い病巣ではないでしょうか。

再審法改正の議論で問われているのは、冤罪救済だけではありません。
行政が条文を通じて立法と司法を弱める構図を、国民が見抜けるかどうか。
いま本当に問われているのは、そこです。

だからこそ、「原則」という一語を軽く見てはいけません。
その一語の中に、官僚主導国家の本音が潜んでいるからです。

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著者

たか さん

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肩書 令和6年行政書士試験合格者、千葉県登録養育里親、メンタル心理カウンセラー、宅地建物取引士、賃貸不動産経営管理士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士、千葉県市川市中央倫理法人会幹事
党派・会派 無所属
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