2026/4/18
市川市長選挙も、いよいよ最終日です。
選挙戦の終盤になると、どうしても目立つ政策や分かりやすい争点ばかりに視線が集まりがちです。けれど、本当に見なければならないのは、候補者が見えにくい問題をどう理解しているかではないでしょうか。
私は、ReHacQで配信された市川市長選挙のネット討論会を見て、その意味で極めて大きな認識差が表れたと感じました。討論会自体は公開動画として確認できます。
討論会の中で、田中甲市長は、中核市移行によって市独自の児童相談所を設置し、ヤングケアラーや虐待問題に市がより直接責任を持つ体制に踏み込む方向を示しました。これに対し、ほとだゆうな氏は、46:56辺りで「県がやっても市がやっても利用者からすればそんなにかわりがない」という趣旨で述べ、さらにコスト面から市独自で持つ意義に疑問を呈しました。田中甲市長は、この発言に対して、首を振り苦笑いを浮かべ、ほとだ氏は、全然分かっていないという表情でした。私、たかさんも、この認識は制度の本質と問題点を理解していないと考えます。
なぜなら、児童相談所は単なる相談窓口ではないからです。
児童相談所は、子どもの安全確保のために調査し、一時保護し、親子分離や面会制限にも関わりうる、強い公権力を行使する機関です。だからこそ、県が持つのか、市が持つのかは同じではありません。 違うのは看板だけではない。責任の所在、監督の密度、議会での追及のされ方、市民の声の届き方、学校や福祉や地域との接続のされ方が変わります。児相の設置主体の違いは、行政サービスの箱の違いではなく、統治の違いです。
この点を考えるうえで、千葉県市川児童相談所の現実は避けて通れません。
2025年3月26日の千葉地裁判決では、市川児童相談所で勤務していた原告の訴訟について、未払い賃金の支払いに加え、安全配慮義務違反等に基づく損害賠償の支払いも命じられました。判決文には、研修制度の不備、人員の慢性的不足、長時間労働、業務に起因するストレスなどが争点として明記されています。これは、内部で働く職員でさえ、適正な運営や安全な職場環境に重大な問題を感じざるを得なかったことを示しています。
しかも、私、たかさんが継続して問題提起してきたように、千葉県では一時保護の長期化が大きな論点となっており、市川児童相談所についても平均68.2日、千葉県全体では平均70日超という問題意識が示されてきました。数字の取り扱いには慎重さが必要ですが、少なくとも「長期化が深刻な争点として継続的に指摘されてきた」こと自体は事実です。こうした現実を前にして、現行体制を「大差ない」「十分守れている」方向で語るなら、それはあまりに軽いと言わざるを得ません。
ここで決定的に重要なのが、明石市の先行事例です。
明石市は2019年4月に市の児童相談所部門である明石こどもセンターを開設しました。そして、その後の制度設計で、単なる法定最低限ではなく、子どもの権利を厚く守る方向に踏み込みました。明石市の公式資料では、一時保護された全ての児童と第三者委員が速やかに面会し、子どもの声を聴き、必要に応じて明石こどもセンターへ意見を通知する「こどものための第三者委員会」が明記されています。しかもこの仕組みは、児童本人や保護者からの申出だけでなく、第三者委員の職権でも調査でき、対象には一時保護の継続だけでなく、通学や面会のあり方まで含まれています。
さらに明石市は、公式資料の中で、一時保護において通学及び面会の機会確保に努めること、そして第三者委員会の意見を尊重した対応を行うことまで打ち出しています。これは非常に重い意味を持ちます。なぜなら、国の制度が十分に用意してこなかった一時保護中の子どもの異議申立てや意見表明、外部回路の確保を、自治体の側が先に具体化したからです。
明石市が実施した中核市としてできたことは、リンク先をご覧ください。
県児相に傷つけられる子どもを救えるか
ここから見えてくるのは、「県がやっても市がやっても同じ」ではないということです。
明石市は、市が児相を持ったからこそ、県の内部論理とは別の判断軸で、子どもの声を拾い、通学や面会を確保し、第三者が早期に介入する仕組みを制度化できました。法に明文がないから何もしないのではなく、法が最低限しか書いていないなら、市の責任で子どもの権利保障を厚くする。この発想こそが、県と市の違いです。
言い換えれば、明石市がやったことは、まさしく、千葉県市川児童相談所が「法律の規定にない」として拒む場面で、子どもの声を救い上げる現実的な方法です。
一時保護された子どもの言い分を、児相の外にいる第三者が速やかに聴く。
必要なら、保護継続だけでなく、通学や面会まで含めて調査し、児相に対して意見を通知する。
これは、自治体に意思と構想があれば、ここまでできることを示しています。
その意味で、ReHacQ討論会でのほとだ氏の発言は、単なる感覚的な一言として済ませられません。
もし児童相談所を、利用者サービスの提供主体くらいにしか見ていないなら、「県でも市でも同じ」という発想は出てきます。けれど、児相は違います。そこにあるのは、人権と統治の問題です。誰が設置し、誰が責任を負い、誰に声が届き、誰が修正を迫られるのか。その違いが、子どもの実際の不利益に直結する分野なのです。
一方で、田中甲市長がこの問題に触れている重みは軽くありません。
市川市は現時点では児相設置自治体ではありません。それでも、選挙公報に「児童相談所の管理」という文言を載せ、討論会でも市がより直接責任を持つ方向に触れた。これは、票になりにくく、理解にも時間がかかるテーマから目をそらしていないということです。市川市の公的議論の場で、児相問題をきちんと争点化すること自体に意味があります。
【市川市長選挙】田中甲市長の公報から伝わる覚悟読み取れましたか?
https://www.go2senkyo.com/cms/politicians/4274/posts/1355114-/preview
選挙最終日だからこそ、有権者が見るべきものははっきりしています。
児相問題を、単なるコスト論や箱の違いとして処理するのか。
それとも、子どもの自由、尊厳、親子関係、そして行政権力の統制という本質的な問題として捉えるのか。
この差は、とても大きい。
私は、今回の討論会で浮かび上がった最大の争点の一つは、まさにこの児童相談所への認識差だと思います。
「県でも市でも同じ」という言葉は、一見すると合理的に見えるかもしれません。けれど、明石市の実例と市川児相の現実を並べてみれば、その言葉がいかに制度の核心を外しているかは明らかです。
児相の問題は、予算だけでは測れません。
本当に問われるべきなのは、誰が子どもの側に立って制度を作り替える意思を持っているかです。
ほとだゆうな候補の示した認識は、千葉県市川児童相談所の深刻な実態が、いまだに一般には十分共有されていないことを示したものだったと私は思います。
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