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「耐え難きを耐え…」終戦記念日に考えよう、玉音放送の真実、昭和天皇の想い、いま英霊に捧げる感謝

2026/7/14

みなさん、こんにちは、田中ヒロシです。

土曜日は朝から出かけておりましたが、日差しが強かった。

本日は、なんと35度越え?!

確実に真夏に向かっていますね。

 

夏というと、みなさんどんなことを思い浮かべますか。

海水浴、花火大会、夏祭り、ラジオ体操、盆踊り

 

楽しいイベントが目白押し

 

安心安全な暮らしがあってこそ
夏の風物詩も平和によってもたらされたのです

 

ヒロシにとっての夏は靖国神社です。

平和って、どこからやってきたのでしょうか。

日本において、最後の戦争は大東亜戦争です。

この戦争が終わり焼け野原になった日本は、とてもとても大変な状況から奇跡的に立ち上がりました。

私たちの先達が培ってくれた日本を、私たちの父親母親世代が、私たち子供たち、未来の日本人のために大きく繁栄した平和な日本を作り引き継いでくれたのです。

 

戦後の安心安全な暮らしの原点って、どこにあるのか?!

ヒロシは、玉音放送にあると思っています。

 

はじめに:終戦終、私たちが刷り込まれてきた玉音放送とは

毎年8月15日の終戦記念日が近づくと、メディアでは必ずと言っていいほど流れるお決まりの映像があります。

焼け野原のなか、ラジオの前で土下座をしながら涙を流す国民の姿。

そして、ノイズ混じりの声で流れる、あの有名なフレーズです。

「堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ……」

どのようなイメージをお持ちですか。

「日本は戦争に負けたんだ」

「これから悲惨な時代を耐え忍ばなければならなかったんだ」

暗く悲壮なイメージばかりが頭に浮かぶ方も多いのではないでしょうか。

 

しかし、以前私のブログ「学校では教えてくれない、昭和天皇、終戦のご詔勅」でもお伝えした通り、私たちは玉音放送のごく一部のフレーズだけを切り取られ、歪んだイメージを刷り込まれてきたとヒロシは思っています。

なぜか!?

実際にその全文を読んでみると、受ける印象は全く異なります。

そこには、敗戦の弁明ではなく、国民を、そして世界を想う昭和天皇の「あまりにも温かいご真意」が込められているのです。

今回は、この玉音放送の歴史的舞台裏と、教科書が教えないその「全文」を徹底的に解説します。

 

1. 誰も知らなかった「2テイク」の録音舞台裏

1945年(昭和20年)8月15日の正午、日本国内だけでなく前線の兵士たちに向けてラジオで流された玉音放送ですが、これが生放送ではなく、事前に録音されたものだったことは、意外と知られていません。

昭和天皇は「私としてなすべきことがあればなんでもいとわない。国民に呼びかけることがあればマイクの前に立つ」と仰り、国民のために自ら声を届けることを決断されました。

お言葉をまとめたのは内閣書記官長の迫水久常氏、そこに大東亜省顧問の安岡正篤氏が漢学者としての魂を込めて推敲を重ね、8月14日の夜20時30分頃に「大東亜戦争終結ノ詔書」が完成しました。

その後、23時過ぎから宮内省(現・宮内庁)で録音が行われましたが、実はこの録音、「2テイク(2回)」行われているのです。 

1回目は天皇陛下のご発声がやや小さく、一部読み飛ばしがあったため、念のためにともう一度録音されました。結果、2回目のテイク(SP盤5枚分)が採用され、翌日の放送に使用されることになります。

 

2. 放送前夜のクーデター未遂「宮城事件」

この録音されたばかりの「玉音盤(レコード)」が、翌日の正午に無事放送されるまでには、日本の歴史を揺るがす凄惨なクーデター未遂事件がありました。「宮城(きゅうじょう)事件」です。

「本土決戦」を叫び、終戦に断固反対する陸軍の青年将校たちが、放送を阻止するために皇居を占拠したのです。彼らは近衛師団長を殺害し、偽の命令書を使って宮内省へ乱入しました。目的は、録音された「玉音盤」を奪い、破壊することでした。

NHKの職員らが監禁され、暗闇の中で激しい捜索が行われる中、侍従たちは機転を利かせ、玉音盤を皇后宮職事務室の軽金庫の奥深くに隠し、文字通り命がけで守り抜きました。 

明朝、反乱は鎮圧されましたが、もしこの時、玉音盤が軍部に奪われていたら、日本は終戦を迎えることなく、さらなる原爆投下と本土決戦によって数百万、数千万の命が失われていたかもしれません。

まさに、奇跡のバトンリレーによって届けられたのが、あの放送だったのです。

 

3. 「大東亜戦争終結ノ詔書」全文と現代語訳

では、命がけで守られた玉音放送の「全文」には、一体何が書かれていたのでしょうか。原文(漢文調の候文)と、その真意が伝わる現代語訳を並べてご紹介します。

ぜひ、一文字一文字に込められた陛下の想いを感じてみてください。

 

【原文】

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾国民ニ告グ 朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝国国民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ倶ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カザル所 曩ニ米英二国ニ宣戦シタル所以モ亦実に帝国の自存と東亜の安定トヲ庶幾スルニ出デ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スガ如キハ固ヨリ朕ガ志ニ非ズ 然ルニ交戦既ニ四歳ヲ閲シ朕ガ陸海将兵ノ勇戦朕ガ百僚有司ノ励精朕ガ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽シタルニ拘ラズ戦局必ずしも好転セズ世界ノ大勢亦我ニ有利ナラズ 敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及ブ所真ニ測ルベからザルニ至ル 猶交戦ヲ継続セムカ終ニ我が民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラズ延テ人類ノ文明ヲモ破却スベシ 斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ 是レ朕ガ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応ズルニ至ラシメタル headway(所以)ナリ

【現代語訳】

私は、世界情勢と日本の現状を深く考え合わせ、緊急の措置によってこの事態を収拾しようと思い、忠実なる国民の皆さんに告げる。私は政府に対し、米国・英国・中国・ソ連の4カ国によるポツダム宣言を受諾することを通告させた。

もともと、日本国民の安全と平穏を願い、世界の国々と共に栄え、その喜びを分かち合うことは、歴代天皇が遺された教えであり、私も常に心に留めてきたことである。先に米英の2カ国に宣戦布告した理由も、まさに日本の自立とアジアの安定を願ったからであり、他国の主権を奪ったり、領土を侵略したりするようなことは、決して私の本意ではない。

しかし、戦争はすでに4年が経ち、我が陸海軍の将兵の奮戦、官僚たちの尽力、そして一億国民の奉仕、それぞれが最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は好転せず、世界情勢も我が国に有利ではない。さらに敵は、新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使用して、罪のない多くの人々を何度も殺傷し、その被害がどこまで及ぶか全く予測できない事態となった。

これ以上戦争を続ければ、最終的には我が日本民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも破壊してしまうだろう。そのようなことになっては、私はどうして我が子である大切な国民を守り、歴代天皇の御霊(みたま)に謝罪することができようか。これこそが、私が政府にポツダム宣言を受諾させるに至った理由である。

【原文(後半)】

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セザル得ズ 帝国国民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ斃レ非命ニ倒レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ馳セハ五内為ニ裂ク 且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ被リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深く軫念スル所ナリ 惟フニ今後帝国ノ受クベキ苦難ハ固ヨリ尋常ニ非ズ 爾国民ノ衷情モ朕克ク之ヲ知ル然レドモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾国民ノ赤忱ニ信託シ常ニ爾国民ト倶ニ在リ 若シ夫レ情ノ激スル所みだりに事端ヲ滋シ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱シ為ニ大道ヲ誤リ世界ニ失信スルガ如キハ朕最モ之ヲ戒ム 宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信ジ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ堅クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ 爾国民其レ克ク朕ガ意ヲ体セヨ

【現代語訳(後半)】

私は、日本と共にアジアの解放のために協力してくれた同盟諸国に対し、申し訳なさでいっぱいである。また、戦場で命を落とした者、職場で倒れた者、不慮の死を遂げた者、そしてその遺族のことを想うと、身を切り裂かれる思いがする。さらに、戦傷を負い、災難に遭って家や仕事を失った人々のこれからの生活のことは、深く心を痛めている。

これから我が国が受けるであろう苦難は、言うまでもなく並大抵のものではない。国民の悔しさや悲しさも、私はよく分かっている。しかし、私は時代の流れの赴くままに、耐え難いことを耐え、忍び難いことを忍んで、未来のすべての世代のために、平和な世界を切り拓きたいと願う。

私はここに、我が国のあり方(国体)を守ることができ、忠実なる国民の真心を信頼し、常に国民と共にある。もし、感情の激するままにみだりに問題を起こしたり、同胞同士でいがみ合って世の中を混乱させたりして、正しい道を誤り、世界からの信用を失うようなことは、私が最も強く戒めたいことである。

どうか国を挙げて一つの家族のように団結し、子孫へと語り継ぎ、神州(日本)の不滅を固く信じ、責任は重く道は遠いことを覚悟し、すべての力を未来の建設へと傾けてほしい。道徳心を厚くし、志を堅く持ち、誓って日本の誇りを発揮し、世界の進歩に遅れないようにしなさい。国民の皆さん、どうか私のこの想いを汲み取ってほしい。

 

4. 悲壮感ではない、そこにあるのは「未来への強い希望」

全文をお読みいただき、どう感じられたでしょうか。 「戦争に負けて土下座している」「だからみんな泣いているんだ」といった惨めな印象はどこにもありません。そこにあるのは、以下のような昭和天皇の強烈なメッセージと優しさです。

 

これ以上の犠牲を出さない(国民の命を守るため、人類の文明を守るための決断)

亡くなった英霊や遺族への、身が引き裂かれるほどの深い哀悼

「私は常に国民と共にある」という強い絆の再確認

感情に任せて暴動を起こさず、国を一家族と見立てて、未来の復興へ力を合わせようという鼓舞

 

つまり、「堪え難きを耐え……」の本質は、「惨めさに耐えろ」という意味ではなく、「悔しさを堪えて、未来の子供たちのために平和な日本をもう一度創ろう」という、未来への強い希望のメッセージだったのです。

 

この玉音放送があったからこそ、当時の日本軍は大きな反乱を起こすことなく一斉に武装を解除し、奇跡的なスピードで戦後の平和な復興へと歩み出すことができました。

 

おわりに:歴史の記憶を消させないために、いま私たちができること

私たちは戦後、GHQによって植え付けられた自虐的な歴史観の中で生きてきました。

その結果、たった一つしかない命をかけて国を守ろうとしてくださった先達や英霊に対し、敬意を払うことすら忘れてしまっているのではないかと危惧しています。

現在の日本が安心安全で、私たちがこうして平和に暮らせているのは、紛れもなくあの過酷な時代を生き抜き、命を繋いでくれた先達のおかげです。

残念ながら、そんな素晴らしい日本も壊れています。一つしかない命で日本を守ってくださった英霊の方々に胸を張れるような日本へと再興しなければとの思いでいっぱいです。

私は、定期的に心からの敬意と感謝の念を持って、靖国神社に参拝しています。 

押し付けがましく聞こえるかもしれませんが、日本人からこうした大切な記憶や記録が消され、素晴らしい文化が損なわれようとしている現代に、私は強い危機感を持っています。

自分たちの歴史や文化を引き継ぐことをやめてしまったら、私たちは「日本人」ではなくなってしまうからです。

まずは、この玉音放送の全文を一度、ご自身でじっくりと読んでみてください。8月15日は家族で読んで欲しい!そして、私たちが今生きているこの「平和な日本」の意味を、改めて共に考えてみませんか。先達が命がけで繋いでくれた素晴らしい日本を、より良い形で次の世代へ引き継いでいきましょう。

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著者

田中 ヒロシ

田中 ヒロシ

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