2024/8/16
昨日、8月15日は終戦記念日。
1945年8月15日、天皇陛下がポツダム宣言を受諾した日。
この日、日本国民に対し、陛下の肉声によるラジオ放送「玉音放送」が流された。

私たちが知っている「玉音放送」は、
「堪へ難キヲ堪へ忍ヒ難キヲ忍ヒ・・・・・・・・・・・・・・・」
「耐え難きを耐え忍び難きを忍び・・・・・・・・・・・・・・・」
である。
戦争に負けた。
玉音放送というと土下座した写真が流れ、いかにも焼け野原を耐えろと言っているようにも感じるが、全文を読むと、そんな話ではないのです。
とてもとても温かい、ご詔勅でした。
「玉音放送」のごく一部に過ぎないフレーズだけを私たちは聞かされ、刷り込まれてきたのです。
ご詔勅の全文を一人でも多くの方に知っていただきたく、最近、参加している、IFAラジオ「第7回 玉音放送の全文と意味をあなたは知っていますか?」にて現代文で発信しました。
まずは、ご視聴ください!
玉音放送の原文をわかりやすく現代語訳し解説しましたが、こちらのブログでは、どのような状況下で放送に至ったのか、事実に基づいて、書いてみたいと思います。
「玉音放送」は、1945年8月15日正午に放送されたものです。
そもそも、この放送は生放送ではなくレコーディングされたものなのですが、みなさんはご存知でした?!
「私としてなすべきことがあればなんでもいとえわない。国民に呼びかけることがあればマイクの前に立つ」
これが、放送に至った経緯。
陛下の声を聞くことは、極めて珍しいこと。とても神聖なこと。と言いますか、「玉音放送」は歴史上初めてのことだったんですね。
・8月14日にポツダム宣言を受諾
・「大東亜戦争終結ノ詔書」が発布
陛下のお言葉を、内閣書記官長である、迫水久常がまとめ、大東亜省顧問である、安岡正篤が赤入れし、8月14日20時30分くらいに完成されたと言われています。
23時過ぎから陛下によるご詔勅の録音が行われ、原盤であるアセテート盤が完成したようです。
※もしかしたらワックス盤かも
具体的には、テイク1でSP盤7枚、テイク2で5枚。テイク2が採用されたようです。
翌15日、正午の時報とともに、和田信賢によるアナウンスが始まります。
「只今より重大なる放送があります。全国の聴取者の皆様、ご起立願います。天皇陛下に侵せられましては、全国民に対し 畏くも御自ら大詔を宣らせ給うことになりました。これより謹みて、玉音をお送り申し上げます。」
君が代が流れる
そして「玉音放送」へ
再び、君が代が流れる
ご詔勅の全文については、IFAラジオにて、ご試聴ください。
みなさん、アイキャッチの画像が、どこで撮影したものかお分かりでしょうか。
8月15日の靖国神社です。
もしかしたら、中には靖国神社を参拝したことがない方もいらっしゃるかもしれません。
なんたって、私たちは自虐的な歴史観をGHQによって植え付けられました。
たった一つしかない命で国を守っってくださった英霊に対し、私たちは、哀悼の誠も尊敬の念も、安らかなれと、ご冥福を祈ることすらすることなく、戦後79年も経ってしまいました。
現在の日本が安心安全であることにすら感謝してないように思います。
まずは、ご詔勅にて、開戦の経緯や、新型爆弾について、ポツダム宣言の受諾、陛下のあたたかいお言葉など「玉音放送」全文を一度は、ご自身で読んでみてください。時間のない方は、音声だけでも結構ですので、IFAラジオ「第7回 玉音放送の全文と意味をあなたは知っていますか?」ぜひ、試聴してください。
私は、1−2ヶ月に一度は、心からの敬意と感謝の念を持って、靖国神社に参拝しています。
押し付けがましい話をしていることは、十分承知しておりますが、日本人から記憶や記録が消され、文化文明が損なわれようとしている、現代に危惧しています。
先達が培った、素晴らしい日本を少しでも良い状態で引き継ぎたい、日本をお守りくださった英霊に感謝することを忘れてはならない。なぜなら、自分たちの文化文明を引き継ぐことに尽力しなかったら、私たちが日本人じゃなくなっちゃうから。
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