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小森 さだゆき ブログ

43歳の誕生日に寄せて

2026/6/4

43歳の誕生日に寄せて~ブログ30万ビューの感謝と、託された希望への覚悟~

| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員

本日、無事に43歳の誕生日を迎えることができました。毎日ブログチェックしてるんですが、誕生日の今日は予約投稿してなかったの忘れてました(汗)

誕生日の特別な節目ということもあり、今日はプライベート含めたこの1年の出来事をかけていきたいと思います

実は、一昨年の9月から毎日欠かさず書き続けてきたこのブログですが、おかげさまで累計30万ビューを達成することができました。

最初は続くかなぁ。

見てくれる人も少ないなぁ。

と思ってましたが、発想を変えて日々の勉強にも役立つように仕組みづくりをしていました。


ブログの舞台裏:私独自の「3回学ぶ」仕組み

実はこのブログ、常に3ヶ月先まで予約投稿を済ませています。

その元になるのは、勉強会で話を聞いたり、ニュースで見たり、あるいは日々の活動の中でふと気になったりしたことです。

それらをいつも細かくメモに残し、ブログを書くようにしています。

私の中には、このブログを通じた「3段階の学習サイクル」があります。

①勉強会や日々の現場で実際に話を聴き、インプットして勉強する段階。

②そのメモをもとにブログの文章として整理し、記事を書いて勉強する段階。

③書いた本人すら内容を忘れかけた数週間後、予約投稿が自動的に公開された際、そのブログを見て、客観的な視点で読み返すことで3回目の勉強を行います。

人間、一度聴いただけでは忘れてしまいますが、こうして「3回」同じ内容に向き合う機会を作れば、やっぱり頭のどこかで残っているからいざという時に使えるんじゃないか。

こういう小ネタや知識の積み重ねは政治家として必ず役に立つと信じ続けていこうと思います。

この1年の歩み:ダイナミックな出会いと別れ、傷つき広がる縁

振り返れば、この1年は本当に「出会いと別れ」のダイナミックな1年でした。

昨年から仕事関係で本当に多くの方々との出会いをいただくことができ、その温かいご縁を通じて、色んな事を学ばせていただいていることに心から感謝しています。

(アフリカの偉人 オスマン・サンコンさんとの出会いもその一つです。この方の偉業はもっと知られてほしい。。。)

しかしその一方で、別れも非常に多い1年でした。この仕事は多くの人に出会うことができる素晴らしい仕事である反面、それに伴う別れも必ずついてくるものなのだなぁと、寂しさを身に染みて実感した年でもありました。

特に一緒にやってきた仲間がどんどん離れてしまったのがこの1年でした。政治家として甘いと言われればそうなのですが、やはりずっとやってきた人達との別れは辛いものがあります。

家族の間でも大きな節目がありました。昨年5月に祖母が亡くなり、これで私の祖父母は全員が鬼籍に入ることとなりました。一つの時代が終わったような寂しさがありましたが、この1年は、祖父と祖母が遺してくれた縁が自分の中でさらに深く、大きく広がった1年でもありました。

その後、祖父にゆかりのあるお寺を訪問する機会に恵まれ、そこにある歴史を深く知ることができたのです。

(高野山讃岐別院にて)

形としての別れはあっても、先人が命を懸けて繋いでくれた目に見えないご縁や歴史の重みは、今の自分の中にしっかりと生きているんだと感じることができ、高野山讃岐別院だけではなく、京都知恩院・六波羅蜜寺、 そして福島聖天さん。と仏様との関連が強い1年でした。

世界を歩いて得た「問い」と「歴史の足跡」

こうした日々の問いや先人からの引き継ぎは、海を渡った先での視察や気づきにも深く繋がっています。

この1年は国際的な視野を広げる機会にも恵まれました。特にインドを訪問し、ダライ・ラマ法王との謁見やインド教育の視察を行わせていただいたことは、私の人生観や政治哲学に大きな影響を与えてくれました。

(私の人生のターニングポイントになりました)

またインドの東大と呼ばれるインド工科大学では国際学部の学長や日本に留学希望の学生たちと活発な意見交換もできました。

インド人材レポートについては、今後もどこかで書きたいと思います。

またインド・パキスタン国境の街を訪問し、過酷な歴史の現実の中でも決して希望を捨てずに人々のために歩み続ける街を感じ、島国では感じることのできない陸路での「国境」という現実を目の当たりにしました

(アムリトサル・黄金寺)

パキスタンがインドから独立した際、この近辺では100万人以上が虐殺されました。今でもヒンドゥー教・イスラム教・シーク教が混在しています。

地域活動と市民の皆様からのご要望

政治家としてもいろんな要望を聞くことが増えました1年でもありました。

街の道路の改修の要望や水路の注意看板設置。歩道の幅が狭くなっていることをうけ担当課と調整して、改善してもらったこともありました

保育園入園問題や、学校給食のことについても色々相談を受けたのでこれも形にできるように頑張っていきたいと思います。

ヨーロッパ視察:移民事情のリアルと都市計画への提言

また、チェコやオーストリアに行かせていただく機会もありました。東ヨーロッパの移民事情については、ニュースや数字の上では非常に高い割合が示されており、渡航前は相応の警戒をしていました。しかし、実際に現地の街を歩いていると、かつて西ヨーロッパのいくつかの都市で感じたような「怖さ」をほとんど感じることがなかったのです。数字とリアルのこのギャップは一体どこから来るのだろうか。これについては、自分の中で明確な推測や仮説ができているので、また別の機会にいつか詳しく書きたいと思います。

さらに、オーストリアから帰国した後に知った、驚くべき偶然もありました。50年以上前、私の祖父が現地を訪れた際に撮った写真が残っていたのですが、なんと私が現地で撮影した場所と全く同じ場所で風景を収めていたのです。半世紀以上の時を超えて、祖父と同じ景色を見つめていた感動とともに、私の中にはある確信が芽生えました。50年経っても風景がほとんど変わらないヨーロッパの都市計画の質の高さです。歴史を守り、景観を美しく保ち続けるヨーロッパの都市計画のあり方は、日本も見習わなければならないことだと強く実感しました。

所属政党の劇的な躍進と、地方議員としての誇り

そして、こうしたすべての学びや気づき、そして私自身の歩みは、いま身を置いている政治という世界へすべて集約されていきます。

私が所属する参政党も、この数年で本当に劇的な変化を遂げ、大きな成長を果たしました。私が入党して議員になった当時は、国会議員がわずか1名でした。当時はまだまだ新興・キワモノ政党と扱われることも多かったのですが、それが1年前には4名となり、そして今では30名もの国会議員を国政に擁するまでの政党へと大きく躍進しました。

それだけ今の政治に不満を持ち、変えてほしい。という国民の切実な思いがあるのだと思います。

地方議員の一人として、その拡大のために貢献できたことをいま、素直に嬉しく、喜びを感じていますし、今後も国民のための政治をやっていきます

(2025年参議院選挙は人生に残る思い出です。)

政治家としての葛藤:初心と環境への危機感

しかし、こうして党が大きくなり、私自身も2022年5月に市議会議員になって早3年が経ちました。次の改選まで残り1年を切った今、私はこの1年、大きくなる環境の中で自分に対してある一つの問いを突きつけ、悩み続けてきた1年でもありました。

自分は一体、何をしたくて、何を変えたくて議員になったのか

悪い意味で、議員という独特の環境や慣例に自分自身が染まってしまったのではないか。綺麗事だけでは済まない現実。清濁を併せて飲み込まないといけないと言われたこともあります。最初に抱いていたあの純粋な初心や変革への渇望を失いかけていないか。自分自身を疑い、内省する日々は決して楽なものではありませんでした。

(2023年統一地方選挙)

 

市民の声を形に:昨年9月議会での民泊問題

しかし、昨年2025年9月の議会はターニングポイントになりました。

当時、地域の中で民泊に関する不安や問題、適切な制限を求める切実な声が私の元に届いていました。私はその民泊を心配する人の声を9月議会で民泊の問題点や制限について真っ正面から質問をさせていただきました。私の質問の後、行政側もすぐに動き、パブリックコメントの実施を経て、最終的に条例制定へと結びつけることができたのです。民泊に対して大きな不安を抱えていた地域の皆様の声を、無事に具体的な形にできて本当に良かったと思います。

任期最後の1年への覚悟:是々非々で臨んだ6月議会

だからこそ、任期最後の1年を迎えた今、「後悔のないようにやり切ろう!」と思います。

初心を忘れずに何をやろうかと考えたところ、議会においては「是々非々」を貫くこと、おかしいと感じるものには毅然としていかないといけないということです。

それができない議員も多いと思います。その現状を市民・国民の皆さんが知っているから投票率も低下しているのだと思います。

そのための周囲との衝突や摩擦が起きることは、悲しいし大変ですが、仕方のないことだと割り切らないといけないとおもいました。

波風が立つことを恐れて、事なかれ主義に走るために政治家になったのではありません。

何よりも大切なのは、私に一票を投じてくれた人が何を望んでいるのか、どのような希望を託してくれたのかを、しっかりと真剣に考えたうえで、実行しなければならないということです。

本日の6月議会では、本会議質問に立ちました。当局側と何度も事前の打ち合わせや調整を重ねましたが、どうしても納得のいく誠実な回答を得ることができませんでした。

そのため、私は採決の際、議場から退席し、賛否を明確にしないという明確な意思表示を行いました。

政治の世界において、この行動がどのような意味を持つかは重々承知しています。

結び:波乱の幕開けと、これからの1年への期待

43歳の1年は、まさに議会での衝突も含めて「波乱の幕開け」となりました。

けれども、それもそこで人生ですし、レールの上を歩む人生は今までも歩んでこなかったし、それが小森禎之だと思っています。

退屈な日々よりも、自らが信じる理念と、託された希望のために全力で闘い、波風を立てる人生の方が、よっぽど生きている実感が湧くというものです。何より、この新しい1年が楽しみで仕方がありません。

これからも、日々悩みながらも、前に進み続ける。

これからの私の歩みにも、お付き合いいただければ幸いです。

 

今年はもっとプライベートのことも投稿していきたいと思うけどどうなんだろうか?またコメントください

| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員

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