2026/4/8
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
戦国最強の武将の一人、織田信長。彼の強さは軍事力だけでなく、時代を先取りした「経済政策」にありました。その象徴的な政策が、貨幣の流通を安定させた「撰銭令(えりぜにれい)」です。現代の経済学にも通じる、信長の高度な統治哲学を紐解きます。

当時、日本で流通していたのは主に中国から輸入された銅銭(永楽通宝など)でした。しかし、長い年月を経て、質の良い「良銭」と、割れたり摩耗したりした粗悪な「悪銭」が混じり合うようになります。すると、人々は当然のように「質の良い銭だけを受け取り、悪い銭を拒否する」ようになりました。これが「撰銭」です。
一見、個人の防衛策としては正しく見えますが、社会全体で見れば、「支払いが成立しない」「取引が止まる」という経済にとって致命的なブレーキとなってしまったのです。
信長はこの混乱に対し、強力な法令である「撰銭令」を発令しました。その本質は、「銭を選別することを禁止し、どの銭も決められたレートで受け取れ」というものです。
| 信長の撰銭令 | 狙いと効果 |
|---|---|
| 撰銭の禁止 | 市場での支払い拒否をなくし、取引のスピードを上げる。 |
| 混入率の規定 | 悪銭が混じっていても一定の割合なら流通を認める。 |
| 価値の保証 | 個々の銭の質ではなく、国家(権力)がその価値を強制的に保証する。 |
これは、現代の経済学でいう「国定貨幣論(国家が価値を定める)」の実践そのものでした。信長は、個別の銭の美しさよりも「市場でお金が滞りなく回ること」を最優先したのです。
「悪貨は良貨を駆逐する(グレシャムの法則)」という言葉があります。人々が良貨を貯め込み、市場には悪貨ばかりが残る現象です。信長はこの現象に対し、政治の力で「悪貨も良貨も一定の価値で動かす」というルールを敷きました。これにより、商人が安心して商売ができる「信用のインフラ」を整えたのです。
信長の代名詞である「楽市楽座」は市場の自由化ですが、それを下支えしたのが「撰銭令」による貨幣の安定でした。「自由な取引」と「統一された決済ルール」。この両輪があったからこそ、信長の領土では商業が爆発的に活発化し、そこから得られる莫大な富が強大な軍事力を支えることになりました。
お金の本質を理解し、その流通をコントロールすることが国を富ませる。信長が400年以上前に実行したこの政策は、現代のデフレや通貨問題を考える上でも、色褪せない教訓を与えてくれます。
| 小森さだゆき | 参政党 / 高槻市議会議員
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