2026/8/18
旧知の仲の浅野目 義英さんに誘われて、野田市役所へ。
“鈴木貫太郎遺品展”が開催されているということで、一命を懸けて太平洋戦争を終戦(ポツダム宣言受諾)に導いた、鈴木貫太郎首相の業績を肝に銘じてきました。

陸軍などがいつまでも「本土決戦」を叫び、会議分裂という絶望的な状況下。
彼は昭和天皇の「聖断」を仰ぐという高度な政治的決断を行いました。
何と言っても、長い太平洋戦争を終結に導いたのは、鈴木貫太郎首相だったのです。
大役を果たして首相を退き、関宿=現在の野田市で静かに暮らしていましたが、1948年4月に亡くなりました。
鈴木は、朦朧とした意識の中で孫娘の手を握りながら「永遠の平和」と2度繰り返し、息を引き取ったそうです。
地方議会の一員として、命が大切、平和が大切を、改めて自覚した一日でした。
そして鈴木貫太郎のようには到底及びませんが、毅然と活動していきたいとも決意しました。
首相官邸 https://www.kantei.go.jp/jp/rekidainaikaku/042.html
鈴木貫太郎プロフィール
https://www.city.noda.chiba.jp/kantaro_museum/kantaro/1032576.html
野田市HP(鈴木貫太郎記念館) https://www.city.noda.chiba.jp/kantaro_museum/index.html
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