2026/8/13

難病就労に関わって10年以上。埼玉県が、ようやく一歩を踏み出しました。
正直、うれしいです。
ただ、この制度ができたことをゴールにはしたくありません。
大切なのは、この一歩が実際の雇用につながり、その人が安心して働き続けるところまで届くことだと思っています。
埼玉県は令和8年度から、難病患者の雇用や就業継続に積極的に取り組む企業を、難病患者雇用モデル企業として選定し、その取組を県内企業へ広げる事業を始めました。
埼玉県HP
https://www.pref.saitama.lg.jp/a0816/syougai-map/nannbyoumodel.html
私は、この考え方を以前から必要だと訴えてきました。
理由は、患者会活動の中で、当事者だけでなく企業側の声も聞いてきたからです。
「難病のある方の雇用には関心がある。でも、どのように対応すればいいのか分からない」
「どんな配慮が必要なのか分からない」
「何から始めればいいのか分からない」
こうした声を何度も聞いてきました。
私は、企業側が不安を感じるのは当然だと思っています。
難病といっても疾患はさまざまです。
同じ病気でも、症状や治療、体調の波、必要な配慮は一人ひとり違います。
企業に理解してください、採用してくださいとお願いするだけでは、なかなか雇用は広がりません。
だからこそ、実際に難病患者を雇用している企業の経験が必要なのです。
採用するときに何を考えたのか。
どんなことに困ったのか。
当事者とどのように話し合ったのか。
どんな工夫をしたことで働き続けられたのか。
成功したことだけではなく、迷ったことや難しかったことも含めて共有する。
その経験が、次に一歩を踏み出そうとする企業の不安を小さくしてくれると思っています。
●バトンを渡して終わりにはしたくなかった
私は2014年から埼玉IBDの会の活動に関わり、翌年から代表として活動してきました。
現在は副代表として活動を続けています。
埼玉IBDの会
http://saitama-ibd.org/
その後も難病団体での活動に携わり、現在はIBDネットワークでも就労支援に関わっています。
IBDネットワーク
https://ibdnetwork.org/
この10年以上、県議会議員や関係する方々、団体に、何度も難病患者の就労支援を進めてほしいとお願いしてきました。
話を聞いてくださる方もいました。
理解を示してくださる方もいました。
ただ、ずっと感じてきた難しさがあります。
その後のことです。
一度要望する。
一度話を聞いてもらう。
しかし、その後どうなったのかを確認し、さらに次の働きかけまで続けていくことは、簡単ではありませんでした。
難病就労は、一度要望すれば解決する問題ではありません。
そこで、私は考えるようになりました。
誰かにバトンを渡して、その後を待つだけではなく、自分自身がバトンを受け取る側になろう。
そして、次に誰へ渡すのかを考え、渡した後も、そのバトンがどうなったのかを確認できる側になろう。
それが、私が議員を志したきっかけの一つでもあります。
町議会議員にできることには限界があります。
県や国の制度を直接決めることはできません。
それでも、課題を県議会議員や国会議員、行政、関係機関へ直接届けることはできます。
そして、その後どうなったのかを確認することもできます。
動かなければ、もう一度伝える。
必要なら、次の人へつなぐ。
私は、それも議員になった意味の一つだと思っています。
●2023年、全国難病センター研究会で伝えたこと
難病就労について、私の中で大きな転機となった機会があります。
2023年、全国難病センター研究会の就労部会で、難病当事者の就労についてお話しする機会をいただきました。
全国難病センター研究会
https://n-centerken.com/
そこで強く伝えたことの一つが、実際に難病のある人を雇用し、働き続けることができている企業の実績が必要だということでした。
制度を整えるだけではなく、実際に働けたという事例をつくる。
そして、その企業が経験したことを、次の企業へつなげていく。
この時の発言には、私が想像していた以上に多くの方々から反響をいただきました。
患者会や支援に携わる方だけではありません。
さまざまな立場の方から声をいただき、この問題は当事者だけの課題ではないと改めて感じました。
同時に、それだけ多くの方が、難病就労をどう前へ進めればよいのか悩んでいるのだとも感じました。
あれから3年。今回、埼玉県が難病患者雇用モデル企業という仕組みを始めました。
私が、長く必要だと考えてきた方向と重なる部分があります。だから、ようやく一歩動いたと感じています。
もちろん、今回の制度が私の働きかけによってできたと言うつもりはありません。
長年声を上げてきた当事者、患者会、支援者、企業、関係者。多くの方々の積み重ねがあっての一歩だと思っています。
●他の自治体でも、少しずつ動き始めている
こうした動きは、埼玉県だけではありません。
例えば静岡市では、難病患者など就労に困難を抱える方の雇用に取り組む企業を認証し、その取組を他の企業にも広げていく制度を始めています。
東京都では、難病やがんのある方を新たに雇用し、治療と仕事の両立を支援する企業に対する奨励金制度があります。
それぞれ方法は違います。
しかし、共通しているのは、難病患者の雇用を企業だけに任せるのではなく、行政も一緒になって最初の一歩を後押ししようとしていることです。
モデルとなる企業の経験を広げる。
新たに採用へ踏み出す企業を支える。
そして、採用した後も働き続けられる環境につなげていく。
こうした取組が組み合わされていけば、難病就労はもう一段前へ進められるのではないかと感じています。
●だからこそ、形だけにはしてほしくない
今回の埼玉県の取組には、大きな可能性があります。一方で、患者会活動に長く携わってきた者として、県にお願いしたいことがあります。
難病患者雇用モデル企業という看板を、形だけのものにはしてほしくありません。
制度があることと、実際に安心して働けることは同じではありません。
休暇制度がある。
短時間勤務ができる。
就業規則には書いてある。
それだけでは分からないことがあります。
本当に利用しやすい職場なのか。
通院や体調について相談できるのか。
実際の現場では、どのような配慮が行われているのか。
モデル企業として県が紹介する以上、当事者本人の意思やプライバシーには十分配慮しながら、可能な限り現場の実態にも目を向けていただきたいと思います。
モデル企業だから安心できると思って応募した。
でも、実際は違っていた。
そんなことがあれば、一番傷つくのは当事者です。
制度そのものへの信頼も失われます。
そして、もう一つ。
モデル企業が何社選ばれたか。
私は、それだけを成果にはしてほしくありません。
その取組を知って、新たに難病患者の雇用を考えた企業が何社あったのか。
実際の採用につながったのか。
採用された方が、その後も安心して働き続けることができているのか。
一つの企業の経験が、次の企業へつながったのか。
本当に見るべきなのは、その先です。
●難病があっても、働きたい
自治体自身が、難病当事者を採用することも大切です。
私も伊奈町議会で、難病や慢性疾患を抱える方の採用、合理的配慮、柔軟な働き方について取り上げてきました。
しかし、一つの自治体が採用できる人数には限りがあります。だからこそ、行政が旗を振り、民間企業へ広げていくことが必要です。
難病があっても、働きたい人はたくさんいます。
通院への理解があれば働き続けられる人。
少し勤務時間を調整できれば力を発揮できる人。
体調について相談できる環境があれば、安心して仕事を続けられる人。
必要なのは、特別扱いではないと私は思っています。
病気だけを見るのではなく、その人が何をできるのかを見る。
そして本人と企業が話し合いながら、どうすれば力を発揮し、働き続けられるのかを一緒に考える。
そんな職場が一つでも増えてほしい。
10年以上、難病就労に関わってきた者として、それが私の願いです。
埼玉県は、ようやく一歩を踏み出しました。でも、制度ができたことがゴールではありません。
一つの企業の経験が、次の企業へつながる。
そこで新しい雇用が、生まれる。
そして、その先にいる一人の当事者が、病気を理由に働くことを諦めずに済む。
そこまでバトンが届いて、初めて意味があります。これまで私は、何度もバトンを渡してきました。
議員になった今は、そのバトンがどうなったのかを確認し、必要なら、また次へつなぐことができます。
今回も、渡して終わりにはしません。
この制度によって、新たに何社が雇用へ踏み出したのか。
実際に働く人が増えたのか。
そして、その方々が安心して働き続けられているのか。
これからも確認していきます。動きがあれば、またここでお伝えします。
まだまだ道のりは長い。
それでも、ようやく一歩です。
この一歩が、次の一社へ。
そして、働きたいと願う一人の当事者へ。
しっかり届くところまで、これからも見続けていきます。
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