2026/7/24
今年6月から、下関市役所の窓口受付時間が変わりました。
https://www.city.shimonoseki.lg.jp/soshiki/153/143541.html
従来の「午前8時30分〜午後5時15分」から「午前9時〜午後4時30分」へ——1時間15分の短縮です。市が掲げる理由は、職員の業務効率化と働き方改革。デジタル化推進に伴う業務見直しの時間を確保するためとされています。
前田市長は「ウェブでの対応を充実させるので、行政サービスの利便性低下は絶対に起こさせない」と語っています。その言葉を、私はそのままには受け取れずにいます。
少し前のことです。JR新下関駅で、券売機の前に立ち尽くす高齢の方を見かけました。
みどりの窓口は2023年5月末に廃止されています。残された機械の画面を前に、どこを押せばいいか分からない様子でした。後ろに列ができても、助けるシステムがそこにはありません。
「デジタルで代替できるから窓口は要らない」——JRが下した判断と、今回の市役所窓口短縮の判断は、構造がまったく同じではないですか。
総務省の最新調査(令和7年)によれば、65歳以上のインターネット利用率は60.8%。裏を返せば、65歳以上の約4割はネットを使っていません。80歳以上に至っては、約7割が未利用です。
下関市は全国でも高齢化が著しい都市です。市民の相当数が、そもそもDXの恩恵を受けられない層と重なっています。
市は「コンビニで証明書が取れる」と案内していますが、それは住民票など単純な証明書の話です。補助金の申請、建設業の許可、成年後見の手続き——複雑な申請は、窓口でなければ完結しません。
そもそも、デジタル化すれば簡単になるわけではなく、デジタル手続きそのもののハードルを越える必要が出てくるのです。
行政書士として、窓口時間の短縮は私自身も実務上の不便を感じます。ただ、それは私たち業者の都合です。私が本当に心配しているのは、窓口に頼るしかない市民の方々のことです。
JR東日本でも同様の事態が起きました。みどりの窓口を急速に削減した結果、コロナ明けに旅客が戻った途端、残った窓口に長蛇の列が生じ、現場が混乱しました。「使う人は減るだろう」という読みが、見事に外れたのです。
これは単なる見通しの甘さではありません。採算性・効率を優先して、公共サービスとしての役割を後退させたことへの、市民からの反発です。
かつての国鉄民営化も、経営効率という面では一定の成果を上げました。しかし採算の取れない路線の廃止、窓口の縮小、地方の利便性低下——その代償は、地方に生きる人間が最も身をもって知っています。
行政サービスも同じです。効率化は必要です。しかし市役所の窓口は、企業の受付とは本質的に違います。住民が行政と直接向き合う場であり、採算や人員削減の論理だけで語れるものではありません。
そもそも問い直す必要があります。
デジタル化の速度は、私たちが想像する以上に速い。マイナンバーカード、オンライン申請、キャッシュレス決済——気づけば「やって当たり前」とされる手続きが次々と増えています。しかしその流れについていけない人たちが、確実に存在しています。
問題は、「時間が経てば使えるようになるだろう」という楽観的な見通しのもとで、制度だけが先に走っていることです。使う側の準備が整わないまま窓口が消え、選択肢が奪われていく。これはデジタル化の恩恵ではなく、デジタル化による排除と呼ぶべきではないでしょうか。
市役所の窓口短縮も、JRのみどりの窓口廃止も、その文脈で見れば同じ構造です。「デジタルで代替できる」という側の論理が、「デジタルを使えない」という側の現実を置き去りにしています。
デジタル化を本当に推進するつもりなら、窓口を減らす前にやるべきことがあります。市民がデジタルサービスを使えるようになるための啓発活動、スマートフォン操作の学習機会の確保、機器・通信費への支援や補助——これらをセットで講じるのが当然の順序ではないでしょうか。
手段(窓口削減)だけが先行し、前提(使える人を増やす)が後回しになっている。これでは取り残される市民が出ることは、最初から見えています。
公共サービスとは何のためにあるのか。誰のためにあるのか。
下関市には、その原点に立ち返った政策の実行を求めます。この変化を「仕方ない」で終わらせず、ぜひ皆さんの声を市政に。
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シライシ ソウ/51歳/男
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