2026/7/22
7月16日、下関市の公式サイトが更新され、ツキノワグマの目撃情報が改めて周知されました。クママップによると、令和8年(2026年)に入ってからの下関市内での出没記録はすでに43件。豊北町粟野、豊北町神田、菊川町など、旧豊浦・豊北エリアを中心に確認が続いています。
「クマが出た」というニュースは、毎年どこかで聞く話になりつつあります。しかし、下関市でこれほど件数が積み上がっているという事実は、単なる珍事では済まされません。
まず知っておいていただきたいのが、山口・広島・島根3県の中国山地に生息するツキノワグマは、環境省レッドリストで「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されており、1994年(平成6年)以降、国の告示によって狩猟が禁じられているということのようです。西中国山地の個体群は他の地域から孤立しており、種全体ではなくこの地域の個体群が特に保護対象となっています。
つまり、「クマが出たから駆除すればいい」という話には、法制度上の大きな制約があります。猟友会に頼めば解決する問題でもない。
保護と被害防止のはざまで、行政も地域住民も難しい判断を迫られているのが現実です。
最新の3県合同調査(山口・広島・島根)によれば、推定生息数は690〜1290頭(中央値950頭)で、個体数自体は以前より安定してきたとされています。ところが分布域は拡大しており、農耕地や人家周辺への出没が増えています。個体数が増えたからではなく、クマが動ける「空間」が広がっているのです。
なぜクマの行動域が広がるのか。その背景のひとつが、人口減少と耕作放棄地の増加による里山管理の空白です。
かつて農家が日々入り、手を入れていた田畑や雑木林は、人と野生動物の「緩衝帯」でもありました。草刈りや農作業の気配があれば、動物は集落に近づきません。ところが農業を担う人が減り、耕作放棄地が増えると、森と人里の境界があいまいになる。クマにとっては、どこまでが「人の領域」なのかが見えにくくなるわけです。
山口県と下関市が豊北町朝生地区で取り組む「山口型放牧」は、その対策のひとつです。耕作放棄地に和牛を放牧することで草地を維持し、集落と山林の間に見通しの良い緩衝帯をつくる。農業振興と鳥獣対策を同時に図る試みとして注目されています。しかしこれは点の対策であり、面として里山全体を管理する仕組みには、まだ遠い。
もうひとつ、私が気になっているのが、近年増加する風力発電・太陽光発電施設との関係です。豊北町を含む下関市北部の山間部は、風力発電の適地として開発が進んでいます。大規模な造成工事は山の地形や植生を大きく変え、動物の生息環境や移動ルートに影響を与える可能性があります。クマの行動域変化と再エネ開発の相関については、現時点でファクトとして断言できるデータは私の手元にはありませんが、環境影響評価(アセスメント)のなかで野生動物への影響がどれほど丁寧に検討されているのか、議会の場でも確認が必要だと感じています。
下関市には「鳥獣被害防止対策協議会」が設置されており、農業振興課を事務局に、猟友会・地域自治会・農事組合法人・山口県農林事務所が連携する体制は、制度としては整っています。朝生地区の取り組みが令和6年度の農林水産大臣賞を受賞したことは、その証左と言えるでしょう。
問題は、この仕組みを支える人が持続するかどうかです。猟友会の高齢化と会員減少は全国的な課題であり、下関市も例外ではありません。農山村の担い手が減り続ける中で、今の連携体制がいつまで機能するか——そこに問いを立てるべきだと考えています。
そして根本には、農業・林業そのものの衰退があります。農家が山に入らなくなれば森との境界が消え、林業が廃れれば手入れされない山が野生動物の行動域を広げる。鳥獣対策は「被害が出てから対処する」後手の施策ではなく、農林業を地域で維持し続けることと一体で考えなければ、本質的な解決にはなりません。下関市の農業・林業振興策を、鳥獣対策と同じ俎上で議論できる場をつくることが必要だと感じています。
かつての日本の農山村には、人と野生動物がそれぞれの領域を守りながら共存する知恵がありました。里山は単なる自然ではなく、人の手が加わった「文化的景観」であり、生態系のバランスを保つ役割を果たしていた。
その里山を維持してきた農林業が弱体化し、担い手が失われている今、クマの出没はその空白のシグナルとも言えるのではないでしょうか。
市議会の場では、農業委員会・農業振興計画・廃校活用・鳥獣対策を一体で議論できる体制づくりを行っていくべきではないかと考えています。
それが、人とクマの境界線を取り戻すための第一歩になると思っています。
目撃マップ
下関市より注意喚起
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シライシ ソウ/51歳/男
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