2026/4/25

大府市議会議員のいいお祐介です。
大府市の公式ウェブサイトに、大府市史編さん事業についてのページが公開されています。
大府市史編さん事業について
https://www.city.obu.aichi.jp/shisei/information/1037508/1037509.html
今回の市史編さんでは、大府市史を「平成編」と「通史編」で構成し、まずは「平成編」の編さんが2024年度から2027年度までの予定で進められています。
「平成編」は、おおむね1988年から2019年および2023年頃までを対象とし、『大府町史』や『大府市誌』を基盤に、新たな調査や再調査も行われます。
大府市では、『大府町史』を1966年に、『大府市誌』を1980年から1991年にかけて刊行しています。今回の編さんは、『大府市誌』刊行後の大府の変化を記録し、次の世代に引き継ぐ取組です。
古来からの歴史だけでなく、平成期のまちづくり、地域の祭礼や暮らし、女性の暮らしや女性の歴史なども記録に含まれます。
市史は、単に昔の出来事をまとめるものではありません。
今の大府がどのように形づくられてきたのかを記録し、次の世代に引き継ぐための基礎資料でもあります。
この新たな大府市史の編さんについては、2024年3月議会で、いいお祐介が一般質問を行っています。
当時、私は次のように問題提起しました。
本市が昭和45年に市制を施行してから、来年で55周年となります。この間、区画整理事業や民間の開発行為などを通じ、人口は4万8,000人余りから2倍近い9万人以上への増加を見たほか、発掘調査などにより、新たな資料も見つかっています。また、戦時中など、かつての激動の時代を肌で体験した方も少なくなり、その記録を速やかに収集する必要がある一方で、市制施行以来、令和の現在にかけての本市の変容も、その歴史的価値としての判断を後世に仰ぐ意味では極めて重要なものです。
しかしながら、本市の歴史的資料を収集・調査・整理した「大府市誌」については、昭和57年から平成3年にかけて刊行されたのを最後に、30年以上にわたり編さんが行われていません。
その上で、以下の2点を質問しました。
1点目、「大府市誌」編さん後、新たに発見された歴史的資料等は、どのように整理されているか。
2点目、本市における新編「大府市誌」の編さんに着手する必要性と課題についての見解はどうか。
これに対し、市長からは次の答弁がありました。
市誌の編さんは、市民の郷土に対する理解を醸成するものであり、市の歴史資料を網羅的に収集・整理・保存し、次の世代に伝える重要なものであると認識しております。
本市におきましては、平成3年に「大府市誌」を刊行してから現在までの約30年間に多くの埋蔵文化財の発掘調査が行われ、新たに指定・登録された文化財もございます。また、郷土の祭りや風習に加え、新型コロナウイルスの感染拡大など、これまでに経験した様々な危機への対応を記録として残すことは、大きな意義があると考えております。
(中略)
郷土の歴史は、今を生きる市民の財産であり、未来の市民の財産でもあります。この世代を超えた共有財産を確かな記録として次の世代に伝えることは、私たちの責務であると考えておりますので、今後、新たな大府市誌の編さんについて、実施計画において検討してまいります。
その後、2024年12月議会の補正予算では、市史編さんに関わる予算が計上されました。
補正予算では、歴史民俗資料館費として、委員等の活動謝礼などが計上されるとともに、文化財等保存伝承活用事業として、2,112万9,000円を限度額とする債務負担行為が設定されました。
この質疑では、私から、編さん委員の専門人材、新型コロナウイルス感染症への対応の記録、「市誌」ではなく「市史」とする表記の考え方、債務負担行為の設定根拠、3年間で想定しているボリュームなどを確認しました。
主なやり取りは以下の通りです。
問/編さん委員の構成で、学識経験者ということをおっしゃっていましたけれども、なかなか、やはりこの専門人材というのが、今、非常に集めるのが難しい中で、直近でも、知立市だとか高浜市なんかが編さんをされていますけれども、そうした近隣市町の編さん委員会にも名を連ねられていた専門人材などは、想定ですけれども、委員として想定をされているのか。
答/専門の範囲もあるかと思いますけれども、まさに今、知立市とか高浜市で市史を編さんした、両市の編さんが終わっているところなので、関わった人にお願いすることも考えております。
問/以前、本会議でやり取りさせてもらったときは、市長のほうからも、今までの大府市誌を刊行してからの間に、新型コロナウイルスの感染拡大など、様々な危機への対応を記録として残すことは大きな意義があるというふうに御答弁いただいたんですね。そこら辺の部分というのは想定をされているんでしょうか。
答/特に、それがもう平成の時代にかなり大きな課題だったので、それを含めて、あと、女性の活躍だとか、そういうようなテーマを盛り込んでいけるようにしたいと思っています。
問/参考資料14ページの補正予算の概要のところなんですけれども、新たな市史というところで、歴史の「史」の文字を当てているんですね。それで、今の大府市誌は、雑誌の「誌」を使っているじゃないですか。この漢字の使い分けというのは大事だと思っていて、どういう意図があるのかをお示しいただければと思います。
答/明確な規定はないんですけれども、最初に市誌をつくったときが、「ごんべん」のほうをかなり使っていたんですが、現在、研究していると、また、ほかの例を見ると、歴史の「史」を用いている。それで、歴史の「史」のほうが、どちらかというと、本来、これまでにあったことを記録して、心にとどめたりとか、そういうところよりも、記録、歴史の部分を強調したような、「史」という字になっているので、歴史の「史」のほうを使いたいと考えました。
問/債務負担行為についてもお伺いします。 上限額2,000万円余りというところの設定根拠についてお伺いします。
答/作成は令和9年度まで掛かるので、その中で、デザインだったり執筆、執筆といっても、聞き取りしてから、どう読みやすくしてつくるか、それから権利のチェックなどの依頼をしていきたいと思っています。
問/それを踏まえての上限額ということで了解したんですけれども、あと、今回、債務負担行為が3年間というのと、あと、編さん期間自体も3年間ということで、他市町の事例を見ても、編さん自体に10年前後を掛けているところが多いんですね。 平成編ということですけれども、この3年間で、現時点でどれぐらいのボリューム感のものをつくろうということを想定されているのか、お答えください。
答/今回の場合は、平成編ということと、あと、どういう具合で、例えばこれまで文章だけだったものを、どう画像とかを見せるか、写真をどう編集するかということになっているので、具体的にページ数のみで測れるものではないと考えています。
また、私は会派「無所属クラブ」として、同議案への賛成討論で、次のように述べました。
本市の歴史を体系的に記録し、次世代に継承していくことは、市民の郷土への理解や誇りを醸成する上で極めて重要であり、このたびの予算計上に対する当局の姿勢を高く評価するものであります。
現行の市誌は平成3年の刊行以降30年以上が経過し、その間に本市では多方面にわたる発展や新たな資料の発見がありました。特に、埋蔵文化財の発掘や地域の変遷に関する記録など、この間に蓄積された重要な出来事を新たに記録することは、次世代への貴重な財産となるものです。新たな市史の編さんを通じて、本市の歩みが後世に伝えられ、より多くの市民に親しまれる形で刊行されることを期待しております。
今回、大府市の公式ページが公開されたことで、市史編さん事業の目的、基本方針、刊行計画、編さん体制が市民にも確認しやすくなりました。
市史は、行政だけで完結するものではありません。
地域の祭礼や風習、建物、古文書、まちづくりの記録、暮らしの記憶など、市民の皆さんの中に残されている記録や証言が重要な意味を持ちます。
特に、昭和期の暮らしや祭礼を覚えている方、平成期のまちづくりや地域活動に関わってきた方の記憶は、今記録しなければ失われてしまう可能性があります。
新たな大府市史が、専門的な資料としてだけでなく、こどもを含めた多くの市民が大府の歩みを知る入口となることを期待しています。
今後も、市史編さんの進捗について、情報発信を行ってまいります。
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