2025/3/8
こんにちは。兵庫県川西市議会議員の長田たくや(ながたく)です。
ロシアが攻めてきた!ウクライナがやばいやん!
第1報の時にそう感じたのは確かです。世界中のメディアがロシアを糾弾していました。いきなり襲い掛かったら、そりゃあ世界中も怒るでしょう。ロシアの前身であるソビエトには、日本も大きな遺恨を残しています。北方領土しかり、占守島しかり、シベリア抑留しかり…
でも、報道に少し違和感。ロシアはもう戦えない…孤立している…そんなニュースばかり。でも戦争は継続され、むしろロシアは西側諸国以外と普通に国交を維持しています。湾岸戦争時のナイラ証言が頭によぎりました(当ブログでも紹介)。
つい先日、ウクライナのゼレンスキー大統領とトランプ大統領が激しく口論し、そのことだけを話題にしている日本のメディア…これは違う視点が必要かもしれませんぞ。
教授はインタビューに答える動画にて、「プーチンは報道されているようにヒトラーとなって、あれもこれも侵略してヨーロッパを征服しようとしている……んなわけない」と話されています。これらは完全に偽りの歴史であり、アメリカ政府の単なる情報操作に過ぎないと。
国際政治アナリスト伊藤貫氏の見解はこちら

ウクライナ戦争について語っており、補足を交えてまとめてみました。
■ NATOとソ連の約束
1990年2月9日、アメリカの国務長官ジェイムズ・ベイカーは、ソビエト連邦(現ロシア)最後の指導者ミハイル・ゴルバチョフに「もしドイツ統一に合意すれば、NATOは1インチも東方に拡大しない」と言いました。ゴルバチョフはNATOが拡大されないことを約束し、ドイツの統一の同意をしました(口頭での記録:1インチ発言)。
しかし、アメリカはその約束を破ります。

■ NATOの拡大
1994年、ビル・クリントン大統領がウクライナまでNATOの拡大方針を推進(計画に署名とされる報道も)
(計画書自体は探せませんでしたが➡参照:ボスニア紛争後、NATO拡大に傾倒)。
1999年、NATOはポーランド、ハンガリー、チェコ共和国まで拡大しました。しかし、ロシアはカリーニングラード(ロシア領)を除けば、それほどの脅威とはしませんでした。(こんな飛び地があったんですね)

■ アメリカによるミサイル配備
1999年、アメリカはセルビアへの爆撃(NATO空爆作戦)を主導。国の分裂を目的とし、セルビアの首都であるベオグラード市を、78日間連続で爆撃したのです。同年にプーチンが大統領になり、その状況に文句を言いながらも受け入れました。プーチン政権は、ヨーロッパとアメリカに寄り沿う立場からスタートしました。
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が起き、アフガニスタン戦争と発展。ロシアはアメリカを支援し、テロ根絶の立場をとりました。しかし、アメリカは、その後に決定的な2つの行動を取りました。
①NATO拡大
②ミサイル施設の配備
2002年、米ソで結んでいた弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約をアメリカが一方的に脱退しました。
この行動は大きな転換点。アメリカは東ヨーロッパにミサイルシステムを配備しました。モスクワまで数分で到達するミサイルでの斬首作戦が可能となるため、ロシアはこれを深刻な脅威と認識しました。
アメリカは2基のイージス・ミサイルシステムを配備し、これはあくまで防衛目的だと主張。それが核ミサイルではないと言えるのか?とロシアは抗議しました。

■ アメリカの暴走
2003年、完全に虚偽の理由でイラクに侵攻(大量破壊兵器の疑惑で)。
2004~2005年にかけて、アメリカはウクライナでのソフトな政権交代作戦を行いました。第1次カラー革命。
簡単に言いますと、アメリカ主導の民主化運動であり、それには、ジョージ・ソロスのソロス財団、CIA、NEDO、あのUSAIDなどが関係していると言われています。下記がカラー革命が起こった場所と名称。

■ NATOの急拡大とアメリカの陰謀
2004年、エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアがNATOに参加。東に拡大しないという約束は形骸化していきます。
2009年、ウクライナではヴィクトル・ヤヌコーヴィチが選挙に勝利し、大統領に就任。2010年にはウクライナの中立政策に基づき、一旦状況は落ち着くことになります。アメリカはNATO入りを推進していましたが、ウクライナの世論はそう思っていませんでした。ウクライナは、ウクライナ系とロシア系の民族に分かれていることを理解していました。
2014年、アメリカはヤヌコーヴィチ政権の転覆工作を実施。ロシアは、ヴィクトリア・ヌーランド(アメリカ国務次官補)とジェフリー・パイアット(駐ウクライナ大使)の通話を傍受していたのです。その内容はYoutubeにもアップされ、「ウクライナの次の体制はヤツェニュクにしよう!」、「バイデンに来てもらって褒めてもらう」と、あげく反対するEUには「Fuck!EU!!」と発言したそうです。
アメリカもそれらを認めることになります(アホすぎる^^;)。

しかし、結果的にウクライナはアメリカによって新たな政治体制となりました。
ジェフリー教授はそんな背景を知らぬままウクライナに招待され、「さぁ、NATOを本格的に拡大するぞ」と聞かされたそうです。プーチンとNATOは拡大しないと約束したはずと訴えますが、アメリカはNATO拡大を進め、ミサイルシステムまで配備し、2017年にはイランとの核合意である包括的共同行動計画(JCPOA)からも脱退し、2019年には、中距離核戦力全廃条約(IMF)からも脱退しています。
■ ロシアからのサイン
2021年12月15日、プーチンはロシアとアメリカの安全保障協定案を提示しました。基本的な内容は「NATOの拡大をしない」でした。ジェフリー教授はホワイトハウスに連絡し、すぐに交渉に応じるようにお願いしました。しかし、「大丈夫だ。戦争にはならないよ!」と言われたそうです。NATOを拡大しないと発表するだけでもいいと伝えるも、「拡大しないから大丈夫w」と返されたと。
ジェイク・サリバン(外交官)は、Open Door Policy(門戸開放政策)だよと語り、ロシアとの交渉を断ちました。
■ 2022年、ウクライナへの軍事作戦開始
作戦開始5日後に、ゼレンスキーが停戦・中立の意志をみせ、トルコが「仲介する」と交渉を開始しようとしていました。ジェフリー教授はトルコの首都アンカラに飛び、トルコの交渉者たちと話し合って実際はどうするのか聞きました。なんと、いくつかの事項で合意に達していたというのです。
しかし、アメリカとイギリスが「ダメ。戦って、支援するから」と。イギリスのボリス首相がキーウ(キエフ)に飛び、「勇気を出せ」と言って以来、ウクライナ60万人が亡くなったのです。
こんな話をしていたら、2022年にニューヨークタイムズのコラム執筆から排除されたそうです。
↓元動画はこちらですが、Xには翻訳した字幕がついているコンパクトなものもあります。以下のYouTubeでも翻訳の自動生成が結構正確なので、普通に見ることができます。冒頭、質問に対して2分で答えましょうと、10分以上お話する教授…
2014年のクリミア侵攻のことが抜けていたり、これらが全部正しいのかまでは、正直にわかりません。
ただ、NATOの拡大やミサイル施設の配備は事実ですし、アメリカはこれまでもやらかしている歴史的事実もあるので、真実味は濃いように思えます。次回はウクライナという国の構造的問題、宗教、人種的な問題からにも触れる予定です。
取り急ぎ、今日はここまで。
これらの状況を知ってしまうと、少し報道の見方も変わりませんか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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