2026/6/21

近年、日本の医療を取り巻く環境は大きく変化しています。特に「革新的医薬品へのアクセス」は、私たちが思っている以上に深刻な問題を抱えています。今日は、その現状と背景、そして必要な改革について整理してみたいと思います。
5月27日、日米欧の主要バイオ医薬品企業のCEOらが高市首相と官邸で会談したというニュースがありました。
その場で示されたデータは、非常に衝撃的なものでした。
2014〜2023年に欧米で承認された新薬のうち、245品目が日本では未承認のまま。
10年で245品目という数字は、単なる統計ではありません。がん、希少疾患、免疫疾患など、患者の人生を左右する薬が「日本だけ届かない」状況が広がっていることを意味します。
なぜ、こんな事態が起きているのでしょうか。その背景には、日本の薬価制度の構造的な問題があります。日本の薬価制度が国際競争力を削いでいる。企業側が指摘した主な問題点は次の通りです。
かつて薬価改定は2年に1度でしたが、2021年からは毎年改定になりました。さらに、市場拡大再算定という制度により、売上が予測を超えた医薬品は追加で薬価を引き下げられる仕組みでした(2026年に制度改定予定)。
私は長年、医薬品の有効成分である原薬製造に携わってきましたが、原材料費は年々上昇しています。日本は30年間ほぼ物価が上がりませんでしたが、欧米は2倍以上、現在ジェネリック原薬の主要な供給拠点である中国やインドはそれ以上に上昇しています。
当然、原薬価格も上がります。しかし日本だけが薬価を下げ続けるため、企業は「もっと安い原薬を」と要求せざるを得ません。その結果、
という悪循環が起きています。
近年の新薬は分子構造が複雑化し、製造工程数も増え、特別な装置が必要になるなど、製造コストは確実に上昇しています。
しかし政策決定者の多くは製造現場を知らず、こうした実態が制度に反映されていません。その結果、日本市場の魅力は低下し、日本企業でさえ臨床試験や初期開発を海外で行い、最初の承認申請も米国で行うケースが増えています。
今回の会談で企業側が最も強調したのは、「革新的医薬品に対する政府支出の拡大が不可欠」という点でした。
これは単に「薬価を上げてほしい」という話ではありません。
こうした目的のために、戦略的な投資が必要だというメッセージです。
高市首相は会談で、「成長戦略の中に創薬力・先端医療を位置づけている」と述べています。
しかし、日本では医薬産業が長らく基幹産業として扱われてきませんでした。鉄鋼、半導体、自動車、通信には巨額の投資が行われてきた一方、医薬産業は欧米のような国家的支援を受けてきませんでした。
アジアでは中国や韓国が医薬分野で急成長していますが、その背景には政府の強力な支援があります。日本政府も創薬力強化の重要性は認識しているものの、制度が追いついていないのが現状です。
ここからが本題です。革新的医薬品へのアクセスを維持するために必要な改革を3つに整理します。
現在の日本は「コスト削減」>「イノベーション評価」という構造です。
欧米ではこれが逆で、「イノベーション評価」>「コスト削減」が基本です。
日本でも、有用性評価の強化など、イノベーションを正当に評価する仕組みが不可欠です。
また、医薬産業を語るうえで重要なのは経済面だけではありません。製造現場や技術的課題を理解する専門家の関与が必要です。
しかし現在の政策決定プロセスでは、専門性が不明確な委員が長期間関与し続けるケースが多く、制度改革の遅れにつながっています。
物価高騰・円安・原材料費上昇の中で、追加の薬価引き下げは研究開発投資を直撃します。複数の業界団体が「中間年改定の廃止」を求めています。
企業側は、「省庁横断の常設組織を設け、創薬政策を国家戦略として進めるべき」と提案しています。欧州ではすでに、
を一体で議論する枠組みが整備されています。
ただし、新しい組織をゼロから作る必要はありません。重要なのは、既存の組織をより機動的に機能させることです。
創薬政策は技術・経済・国際競争力が複雑に絡む分野であり、プロジェクトごとに必要な専門性を持つ人材を柔軟に編成できる仕組みが不可欠です。
革新的医薬品へのアクセスは、単なる医療費の話ではありません。
これらすべてに直結する「国家戦略」です。
Biopharmaceutical CEO Roundtable(BCR)議長でロシュCEOのシネッカー氏も、「革新的医薬品への投資は、健康アウトカムだけでなく、経済成長と安全保障を支える戦略的投資」と述べています。
医薬産業は高度人材を多く抱える産業であり、ここが弱れば人材は海外に流出します。日本が積み上げてきた医薬品産業という高度な知的産業は、人材が存在してこそ維持できるものです。
今日の内容をまとめると、
という状況です。
これは、もはや「遠い未来の話」ではありません。医療の質、患者の命、産業、人材、国家の競争力――すべてに影響が出始めています。
いま制度を変えなければ、日本の医療の未来そのものが失われてしまう。その危機は、すでに目の前まで来ています。
だからこそ、一人ひとりが「医療を守るために何を変えるべきか」という視点で議論に参加することが不可欠だと考えています。
参考:より詳しい情報にアクセスしたい方へ
日米欧主要バイオ医薬品企業の代表団 高市首相と会談 研究開発の投資低下に危機感表明 継続的対話を
Turning Japan’s Innovation Crisis into a National Growth Engine, 17 April 2026
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>きど かおり (キド カオリ)>【ブログ】革新的医薬品へのアクセスを維持するために日本の医療が直面する“静かな危機”