2026/7/19

政府が掲げた「博士号取得者を年間2万人に増やす」という新方針が話題になっています。日本の研究力低下が指摘される中、「博士を増やせば研究開発力が底上げされるのでは」という発想から生まれた政策でしょう。
しかし、この議論には大きな違和感があります。 なぜなら日本は20年前、すでに同じような政策 ー「ポスドク1万人計画」 ーを経験し、深刻な失敗をしているからです。
本ブログでは、
を、私自身の経験も交えながら整理します。
1990年代後半、日本は「博士を増やせば研究力が上がる」と信じ、ポスドクを1万人増やす政策を実施しました。しかし結果は期待とはほど遠いものでした。
バブル崩壊後の採用抑制に加え、日本企業には博士人材を高く評価する文化が乏しく、 「扱いづらい」「給与が高そう」という偏見が根強くありました。
増えたのは「特任教授」「特任助教」などの任期付き・低待遇のポジション。 研究費申請の“頭数合わせ”のために雇われるケースも多く、研究者の生活やキャリアは軽視されました。
生活困窮、キャリア不安、非正規のまま年齢を重ねる研究者・・・。 その姿を見た次世代は「博士課程に進むのはリスクが高い」と判断し、博士進学者は減少しました。この経験が示す教訓は明確です。人数を増やすだけでは研究力は回復しない。むしろ社会的損失が拡大する。
博士課程の日本人学生は減り続けています。その一方で、博士課程を支えているのは以下の2つの層です。
留学生:
私立大学を中心に、博士課程の大半が留学生というケースも珍しくありません。 彼らは日本で博士号を取得した後、欧米の大学や企業に進むための“踏み台”として日本の博士課程を利用することが多いのが実情です。
日本側が生活費や授業料を負担している場合もあり、研究室への貢献はあるものの、成果が日本社会に長期的に還元されるとは限りません。
社会人博士:
年間約1.5万人の博士号取得者のうち、相当数*が社会人博士です。 動機は「肩書き」「趣味」「専門性の整理」など多様ですが、日本の研究力の底上げに直結しているかは疑問が残ります。
*文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)によれば2023年時点で40%を超える博士課程学生が社会人です。社会の大きな変化に向けた博士人材育成の現状
ここで一度、「誰が博士号を取っているのか」という内訳を、きちんと精査する必要があります。 どの分野で、どの属性の人が、どのような目的で博士号を取得しているのか。 ところが、今回の「博士2万人計画」は、こうした現状把握を十分に行わないまま、「とにかく数を増やす」という方向に進んでいるように見えます。
ここで、社会人博士について、私自身の経験を少しお話しします。
私は50歳を超えて博士号を取得しました。 私が所属していた研究室では、博士課程の学生の大半が製薬企業に在籍している社会人でした。 日本の社会人博士は、「企業に在籍していること」がほぼ前提になっています。(つまり基本的には就職先の心配のない人たちです) 入学願書を提出する際、大学から「会社の許可をもらってきてください」と言われ困惑しました。当時私はアメリカの企業に在籍しており、日本語の許可書を当時の勤務先に依頼するのは難しいと感じたからです。そもそもアメリカの企業文化の中では、「なぜ会社が、個人の博士課程受験の許可を出さなければいけないのか?」です。 事情を説明しても、「自分で授業料を払うのだから勝手にすれば?」という反応で、正式な「許可書」など出してもらえません。
その時は同じ勤務先のシンガポールの研究所長が日本人だったことから、彼に書類にサインをもらい、ようやく入学できました。他の社会人博士の方々も、基本的にはフルタイムで仕事を続けながら、博士課程に在籍していました。 フルタイムで働きながら研究するのは簡単ではなく、実際途中で脱落する人数の方が圧倒的に多かったのです。昔の「論文博士」が、そのまま「社会人博士」という名前に変わっただけ、という印象もあります。 つまり、社会人が博士になっても、日本全体の研究の底上げには、あまり役に立っていないケースが多く、さらにこれらの博士は就職率には影響しないということです。
博士号を取ることで、給与アップなどのメリットがある人も、もちろんいるでしょう。 しかし、日本の場合、それは決して一般的ではありません。 私自身は仕事上のメリットはありました。海外とのコミュニケーションの場面で、特に研究にかかわる仕事の場合、博士号がないと不利になることがあり、その意味では役に立ちました。 ただし、それは「日本の研究力を底上げする」という意味でのメリットではなく、あくまで個人のキャリア上のメリットでした。
こうした現状を踏まえると、「博士号取得者を2万人に増やす」と言ったとき、その内訳がどうなるのかを考えずに議論するのは、非常に危ういと言わざるを得ません。
博士2万人計画には、以下のような深刻な問題があります。
30年前と同じく、「博士を増やせば研究力が上がる」という発想のまま。 ポスト不足が解消されない限り、博士を増やしても不安定な非正規研究者が増えるだけです。
日本企業は博士を高く評価せず、給与も国際水準に比べて低いまま。 アカデミアも任期付き・低賃金が常態化しています。
理系以上に就職先が限られ、国家公務員以外の選択肢が乏しいままです。
私は米国ボストン留学中に、諸外国から来た若手の官僚達に多く会いましたが、彼らはほぼ皆博士号を取得するため米国の大学に留学していました。一方日本の官僚達は、学位は留学中に取れれば取るという「なんちゃって遊学」がほとんどでした。修士号でさえ取れる人は少ない印象でした。それは学位を取って戻った後の待遇が変わらないという問題もあると考えます。
欧米は「イノベーション評価>コスト削減」。 この構造が変わらない限り、博士を増やしても研究力は上がりません。
ここからは、私自身の経験と政策分析の視点から、必要な改革をまとめます。
① 博士の人数をむやみに増やさない
博士号は「肩書き」ではなく「研究能力の証明」。 数値目標ではなく、質の向上を重視すべきです。逆に少数精鋭にして、すべての博士課程の学生に十分な生活費や研究費を出すべきでしょう。
② 博士にふさわしい待遇を保証する
企業・大学・公的機関を自由に行き来できる流動性の高い制度を整備し、 博士人材を国際水準で評価する社会を作ることが先決です。
③ キャリアパスの多様化
博士が活躍できる場を広げる必要があります。
これらを制度として整備することが不可欠です。
④ 留学生政策の再設計
博士号取得後、日本で一定期間働く選択肢を提供するなど、 日本の研究力に貢献してもらう仕組みを明確化する必要があります。
ここで注目したいのが、JSTの新プログラム「LOTUS」。 インドの大学院生・ポスドクを日本の研究室に受け入れる制度で、わずか2年で応募件数は20倍に増加しました。
1件あたり最大300万円を日本側が負担し、渡航費はインド側が負担します。 日本側は化学・材料・バイオ、インド側はAI・情報科学が対象で、IITなどトップ大学が参加しています。こうした国際連携を含め、「どの分野で、どの国と、どのような人材循環を作るか」という視点が不可欠です。
⑤ 研究費の構造改革
頭数確保のための特任ポジション乱立をやめ、 長期安定的な研究環境を整備することが重要です。
博士2万人計画は、わかりやすい数値目標ではありますが、研究力回復にはつながりません。 必要なのは「人数」ではなく「制度改革」です。
日本の研究力低下の原因は、博士の数ではなく、博士を適切に評価し活かす仕組みが欠けていることにあります。現場を知る研究者や博士課程経験者が政策決定に関与できる仕組みを整え、 数値目標より「現場の声」を優先する政策文化を育てることが不可欠です。
博士2万人という数字の裏側にある現実を見つめ直すこと。 そこから、本当に意味のある改革が始まると私は信じています。
参考までに以下、私が10年以上前に「アゴラ」に寄稿した文章、「創薬研究アウトソーシングと高学歴ワーキングプア」です。あまり知られていない、研究の仕事とその現状についてを書いております。
https://agora-web.jp/archives/1593836.html
https://agora-web.jp/archives/1593837.html
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>きど かおり (キド カオリ)>【ブログ】博士2万人計画──“数合わせ”では研究力は回復しない