2026/8/23
南越谷阿波踊りには本場徳島の連が参加し、徳島市長賞が授与され、徳島の特産品も紹介されます。そのため、越谷市と徳島市を姉妹都市だと思っている人もいるかもしれません。
しかし、両市は正式な姉妹都市ではありません。越谷市の姉妹都市として公式に掲載されているのは、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州のキャンベルタウン市です。1984年4月11日に姉妹都市提携を締結し、青少年使節団の相互派遣などを続けています。
徳島市との関係は、自治体間の姉妹都市協定ではなく、阿波踊りを通じて積み上げられた交流です。
姉妹都市交流は、教育、文化、行政など幅広い分野を対象に、自治体同士が正式な提携を結ぶものです。これに対し、越谷市と徳島市の関係は阿波踊りという一つの文化を中心に発展しました。対象は限定されていますが、約40年にわたって継続し、行政だけでなく踊り手、指導者、観光関係者、物産事業者まで参加している点では、実務的な交流の密度は低くありません。
南越谷阿波踊りの開催準備では、本場徳島の阿波おどり振興協会が全面的に指導しました。その後も徳島の有名連が南越谷を訪れ、越谷の地元連が踊り、着付け、鳴り物などの指導を受けています。反対に、越谷の連が徳島で踊る機会も生まれています。
2014年の第30回大会では徳島市長賞が新設されました。2025年には徳島市長賞に加えて徳島県知事賞と埼玉県知事賞も設けられています。徳島市は2025年度、南越谷阿波踊りで観光キャンペーンを実施し、ブース出店、徳島市長賞の授与、参加連の採点を行いました。
越谷駅前の観光物産拠点「ガーヤちゃんの蔵屋敷」でも、阿波踊りによる交流を背景として徳島市の特産品を扱っています。姉妹都市という看板がなくても、踊り、観光、物産、人の往来を伴う実質的な関係が形成されています。
では、南越谷阿波踊りはなぜ「日本三大阿波踊り」と呼ばれるのでしょうか。一般に三つとされるのは、本場の徳島市阿波おどり、1957年に始まった東京高円寺阿波おどり、1985年に始まった南越谷阿波踊りです。
ここで注意したいのは、「日本三大盆踊り」と「日本三大阿波踊り」は別の呼び方だという点です。日本三大盆踊りでは、徳島の阿波踊り、岐阜県の郡上おどり、秋田県の西馬音内盆踊りなどが挙げられます。一方、日本三大阿波踊りは、全国に広がった阿波踊りの開催地のうち、徳島、高円寺、南越谷の三つを指す通称です。
ただし、「日本三大阿波踊り」を認定する国の制度、全国統一の審査基準、認定機関は確認できません。南越谷阿波踊りの公式サイトは「日本三大阿波踊りと言われ」と表現し、越谷市も「日本三大阿波踊りに数えられる」としています。「国から認定された」とは書いていません。
この呼称は、規模、知名度、継続年数、本場徳島との交流などを背景として、主催者、自治体、観光関係者、報道機関が繰り返し使用するうちに定着した通称と考えるのが適切です。少なくとも2004年の第20回記念の由来碑には、すでに日本三大阿波踊りと言われる祭りに発展したと記されています。
2024年に渋谷で開催された催事では、徳島、高円寺、南越谷の合同連が共演しました。正式な認定制度が先にあったのではなく、交流と実績の積み重ねが三地域を一組として扱う慣行を強めています。
南越谷の評価すべき点は肩書そのものではなく、徳島と歴史的な関係のなかった土地が、本場から継続的に技術を学び、地域全体が参加する文化へ育てたことです。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>山田 信一 (ヤマダ シンイチ)>【越谷市と阿波踊り】 越谷市は徳島市と姉妹都市ではない 日本三大阿波踊りの実態