2022/9/28
みなさん、いつも大変お世話になっております。
五十嵐りょうです。
今回はシリーズ第3回として、社会人の時期について書いていきます。
下村事務所でのインターン期間を終えて、4月から秘書として働き始めました。
東京23区の板橋区が下村の選挙区になりますので、地元秘書として仕事をしていました。
板橋区といえば、東京でも有名な商店街のハッピーロード大山商店街や東京大仏など観光となるスポットがいくつもあります。
是非、東京観光の際には板橋区にも立ち寄ってみてください。
話は脱線してしまいましたが、板橋区は見附市の面積の半分以下ですが人口は10倍以上の方が住んでいます。行政の地域単位として18の地域センター管轄地域があり、それを地元秘書で分担をして、地域後援会組織の活動などしていました。
地域の方々との接点は日頃から密に持たせていただきました。限定的な範囲ではありましたが、国民の声を聴き、政策へ反映することなどもありました。
また、区内の企業経営者さんと交流をさせていただき、経営者の立場としての意見なども様々聴かせていただきました。
下村代議士は後援会主催で毎月勉強会を開催しますので、そちらに来られる講師を通しても、様々な課題について私自身も勉強をさせていただきました。
秘書として働き始めた時は東京都連会長という役職の中で、小池都知事が都民ファーストをつくり、都議会議員選挙を迎えるような時期でした。
そして、その秋には国政選挙がある選挙尽くめの時期でした。
私が秘書として働いていた時期は、安倍政権でしたが自民党にとって追い風というような雰囲気ではなく、逆風の時期であったように思います。
そして、下村代議士は秘書が勉強したいテーマを勉強する機会として、自民党が政策・法案審議など行う「部会」に聴講させてもらうこともありました。
私は地方創生や教育に関心がありましたので、それらの部会を中心に行かせていただき、これから国会等で審議をする前段階の話などを学ばせていただきました。
地方創生や少子高齢化、教育政策など様々な課題について話し合っている議員や官僚、そして私自身も勉強をしていく中で、自分も地元の見附に対して何か恩返しができないかという気持ちが沸き、地元に帰ろうという意志は強くなりました。
秘書を辞めて、地元に帰る前には統一地方選挙がありましたので、そこまでは残って手伝いをして欲しいということもあり、2019年の4月の区議会議員選挙を終えて地元に帰ることになりました。

秘書という仕事をしている前職でしたので、作業系の仕事よりは営業のような仕事が自分にはまだやっていける仕事ではないかと考えていました。選挙も終わり、地元に帰ってからの就職先を探しているときに、見附市のHPの求人情報で(有)久住商会(現 株式会社クスミ)が営業職を募集していましたので、応募し5月から見附に戻り働くようになりました。
久住商会はホンダのディーラーでしたので、車の販売やお客様と接する仕事が主な仕事でした。前職と違って、モノを売る仕事の難しさもあり、中々大変に感じることが多かったです。
ただ、お客様と様々な場面で接することは前職の影響もありそこまで大変と感じることは少なかったように感じます。
商談や整備や点車検などいろいろな場面で接点を持たせていただきました。単純に車を売るだけが営業ではなく、お客様と会社とのパイプ役となり、信用を積み重ねていくことを学びました。
また、クスミに入ったことで仕事面での経験のほかに妻と出会うことが出来、結婚できたことは見附に帰ってきてからということもありますので、何か意味深いものを感じます。
妻も見小、西中の2年後輩ですが、今までの接点は特にありませんでしたので、会社がそのきっかけとなりました。

そして今回退職をし、退路を断って、来月の見附市議会議員選挙に挑戦をいたしました。
短い期間ではありましたが、大学卒業後、政治という異色の世界しか見てこなかった私としてはとても貴重な時間でした。
3回に分けてわたし、五十嵐りょうの自己紹介をさせていただきました。
28年間のほんの一端にしかすぎませんので、また折に触れて紹介する場面があれば紹介させていただきます。
また、直接お話することやSNSやメール等を通じて、ぜひ多くの皆様と交流を持たせていただきたいです。人となりを知ってもらう、意見交換をさせていただければ幸いに思います。
今後とも何卒、五十嵐りょうをよろしくお願いいたします。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>五十嵐 りょう (イカラシ リョウ)>【自己紹介 社会人】