2023/1/9
鹿島神宮と江戸川区鹿骨の関係(金井たかしの「江戸川区情報」)(筆者金井たかし(高志)のプロフィール)
今日2023年1月9日に鹿島神宮に3年ぶりに参拝をしてきました。20年くらい前から、数年に一度は参拝してきていてコロナ禍で行く機会を逃していましたが、今年は参拝をすることができました。
この鹿島神宮と江戸川区の「鹿骨」は深い関係があります。以前2022年6月11日に「江戸川区「鹿骨(ししぼね)」の地名の由来」のブログ記事を書いていますが、今回、鹿島神宮と江戸川区の「鹿骨」の関係を再度紹介します。

茨城県にある鹿島神宮は、日本建国に関わる武道の神様である「武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)」を御祭神とする、神武天皇元年(皇紀元年=紀元前660年)創建の由緒ある神社です。
昔、鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神(鹿島大神(かしまおおかみ))が大和国(やまとのくに=現奈良県)の春日社(かすがしゃ)へ向かう途中に、武甕槌大神の杖となってお供をしていた鹿が病気で倒れ、今の「鹿骨」の近くで死んでしまいました。その時、昔の江戸川区の人が手厚くその鹿を葬ったということです。そのときに築いた塚を鹿見塚(ししみづか)といい、「鹿骨」の地名は、この塚に由来すると言われています。
今、この塚は鹿骨三丁目にある鹿見塚神社内に残っています。また、当時の江戸川区の住民は鹿が江戸川区で死んでしまったことを奇縁として、武甕槌大神、天照大御神ほか三神を勧請して一社を建て、鹿島神社と名付けたといわれている「鹿骨鹿島神社」があります。
このように、茨城県の鹿島神宮と江戸川区の「鹿骨」にはとても深い関係があるのです。もし、鹿島神宮に参拝する機会がありましたら、江戸川区の「鹿骨」との関係を思い出してもらえればと思います。(筆者金井たかし(高志)のプロフィール)
「金井たかし 江戸川区の政策研究(金井たかし公式HP)」を見る
弁護士 金井たかし(金井高志)
(江戸川区在住 弁護士 武蔵野大学[江東区]法学部・大学院教授)
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