2026/6/30
現在、兵庫県庁周辺では激しいデモ活動が繰り返されています。大音量の拡声器から流れる怒号や激しい言葉遣いは、単なる「意思表示」の枠を超え、周辺住民や働く人々にとって大きな精神的負担、ひいては実質的な「被害」とも言える状況を生み出しています。
特に深刻なのは、地域の子どもたちへの影響です。「拡声器による激しいコールや怒号、威圧的な街頭活動の様子に、恐怖を感じる子どもが少なくありません」実際、下校時間とデモが重なることによる児童の不安を解消するため、県庁側が知事の定例記者会見の時間をわざわざ前倒しに繰り上げるという異例の対応まで取られています。
しかし、学校の時間は変えられません。多くの親御さんが仕事をやりくりし、万障を繰り合わせて登下校や通園に同伴せざるを得ない事態に追い込まれています。本来であれば安心して働けるはずの現役世代の就業機会が、これにより奪われている。これは地域の子育て環境における、決して見過ごせない実害です。
なぜ警察は取り締まれないのか? 背景にある「北海道ヤジ排除裁判」
これほど住民が困惑し、実生活に支障が出ているにもかかわらず、なぜ警察による目に見えた取り締まりや排除が行われないのでしょうか。
その背景には、過去に北海道で起きた「表現の自由」を巡る裁判の結果が強く影響していると、私は考えています。街頭演説中の首相に対してヤジを飛ばした市民を警察官が排除した問題で、「警察の排除行為は表現の自由の侵害であり違法」とする判決が確定しました。
この前例があるため、警察組織全体が「政治的発言やデモを力づくで抑え込めば、警察側が違法性を問われる」というリスクに対して極めて慎重にならざるを得ず、兵庫県庁前のデモに対しても、現場の警察の動きが制限されてしまっているのが現状なのです。
「静穏保持法」の適応拡大という現実的な解決策:県庁前にある自民党支部の存在
私自身、民主主義社会において「デモを行うこと」それ自体は、憲法で保障された極めて重要で必要な表現行為であると考えています。しかし、他者の生活権や安全、子どもたちの安心を脅かす形での表現が、どこまで無制限に許されるべきでしょうか。
ここで注目したいのが、いわゆる「静穏保持法(国会周辺等や外国公館の周辺等における静穏の保持に関する法律)」です。この法律は、特定の場所における拡声器の使用を制限し、平穏を保つためのものです。そしてこの法律は、国会や外国公館だけでなく、「国会議員が所属する政党の主たる事務所(政党事務所)」の周辺地域も対象に指定できる仕組みを持っています。
実は、兵庫県庁の目と鼻の先(中山手通)には、「自由民主党兵庫県支部連合会(自民党県連)」の事務所が存在します。
現在の県庁周辺の混乱を収めるための現実的なアプローチとして、この地理的条件を活かさない手はありません。この自民党支部があるという事実を一つの根拠(フック)として、現行の静穏保持法の解釈を柔軟に「適応拡大」するか、あるいは国会周辺並みの静穏を保持するためのローカルルール(条例など)を制定・適用することができれば、表現の自由そのものを完全に否定することなく、過激な騒音や住民への脅威を適切に抑制することが可能になるはずです。
求められるのは、対立ではなく「問題解決」
今回の問題の本質は、「主張の内容」ではなく「そのやり方」にあります。デモ活動における一部の過激な言動や威圧的な振る舞いが、周囲の住民や子どもたちにとって実質的な『脅威』となってしまっている点です」表現の自由を守ることと、地域住民や子どもたちの安全な日常を守ることは、決して二者択一であってはなりません。政治や行政、そして私たち社会全体がこの歪みに目を背けず、具体的な法運用の見直しを含めた「問題解決」へ向けて動いていく時が来ています。
皆さんは、この表現の自由と平穏な暮らしのバランスについて、どのようにお考えになりますか?
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