2026/8/21
「ラジオ体操を知らない子どもが増えている」という記事を読み、少し驚きました。
私たちの世代にとって、ラジオ体操はあまりにも当たり前の存在だったからです。
私が子どもの頃は、夏休みになると毎朝、近所の子どもたちが集まってラジオ体操をしていた記憶があります。朝6時半になると眠い目をこすりながら会場へ行き、ラジオ体操第一が始まる。終わるとカードにスタンプを押してもらう。そのスタンプが少しずつ増えていくことも、子どもにとっては楽しみの一つでした。
夏休みの朝の風景といえば、セミの声とラジオ体操。そんな記憶を持つ方も多いのではないでしょうか。
ところが、記事によれば、今ではラジオ体操そのものを知らない、あるいはできない子どもたちも増えているそうです。
学校でラジオ体操を教える機会が減っていることに加え、コロナ禍や猛暑、そして子ども会など地域活動の担い手不足も影響しているとのことでした。
考えてみれば、時代は大きく変わりました。
今年、私の住む町内でも、子ども会主催の朝のラジオ体操は、お盆過ぎの1週間だけ行われる予定です。
昔の感覚からすれば、「1週間だけなのか」と思う人もいるかもしれません。しかし私は、むしろ1週間でも続けてくださることをありがたいと思っています。
今は共働きの家庭が当たり前になっています。朝早くからラジオ体操の準備をし、子どもたちを見守り、後片付けまで行う。これを夏休み中毎日続けることは、保護者の皆さんにとって大きな負担になるでしょう。
「昔は毎日やっていたのだから、今もやるべきだ」と言うだけでは、地域活動そのものが続かなくなってしまいます。
大切なのは、昔と同じ形を守ることではなく、その活動が持っていた意味を、今の時代に合った形で残していくことではないでしょうか。
ラジオ体操には、単なる運動以上の意味があったように思います。
朝早く起きることで生活のリズムを整える。近所の友達と顔を合わせる。高齢者や地域の大人たちとあいさつをする。
「おはようございます」
そんな何気ない一言から、子どもたちは自分が暮らす地域の人たちの顔を少しずつ覚えていきました。
逆に大人たちも、
「あそこの家の子だな」
と子どもたちの顔を覚えていきます。
私は、この「顔の見える関係」は地域にとって、とても大切な財産だと思っています。
特に災害など、いざというときには、普段からのつながりが大きな力になります。日頃から顔を合わせ、あいさつを交わしているだけでも、「あのお宅には小さな子がいる」「あのお年寄りは一人暮らしだ」といった地域の気づきにつながります。
ラジオ体操は、そんな地域コミュニティーを育てる小さな入り口でもあったのでしょう。
記事の中で興味深かったのは、ラジオ体操が続いている地域では、元気なシニア世代が中心となり、夏休みにはそこへ子どもたちが加わっているという事例です。
これは今後の地域活動を考えるうえでも、大きなヒントではないでしょうか。
子ども会だけに任せる。
自治会だけに任せる。
PTAだけに任せる。
そうではなく、それぞれが少しずつ力を出し合う仕組みに変えていく。
例えば、普段から公園でラジオ体操をしている高齢者の皆さんと子ども会が一緒になれば、子育て世代の負担も少し軽くできるかもしれません。スマートフォンや動画配信を使えば、大きなラジカセを運ぶ必要もありません。
毎日でなくてもいい。
1週間でもいい。
朝6時半でなくてもいいのかもしれません。
時代に合わせて形を変えながら、「地域のみんなで体を動かし、顔を合わせる」という本来の良さを残していけばいいのだと思います。
2028年には、ラジオ体操が誕生して100周年を迎えるそうです。
100年近く続いてきたものには、それだけの理由があります。
一方で、100年前、50年前、そして私たちが子どもだった頃と、今の暮らしはまったく違います。
だからこそ、「昔はこうだった」と懐かしむだけではなく、どうすれば次の世代に無理なくつないでいけるのかを考えていく必要があります。
今年もお盆が過ぎれば、私たちの町内で子どもたちのラジオ体操が始まります。
期間は1週間。
昔よりずいぶん短くなりました。
それでも朝の町内にラジオ体操の音楽が流れ、子どもたちが集まる光景が残っている。
私は、それだけでもうれしく思います。
そして、子どもたちの中に、
「夏休みになると、みんなでラジオ体操をしたな」
という小さな思い出が残ってくれたらいい。
そうした何気ない地域の記憶もまた、次の世代へ引き継いでいきたい大切なものだと思います。
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