2026/6/10
母校である安井小学校の正面にあった桜の木が、先日、伐採されました。
昨年、そして今年と、二年続けて花を咲かせることはありませんでした。樹齢も相当なものだったと思われ、市の担当課によれば、枯れてしまったものと思われるとのことでした。
あの桜の木は、私にとって、ただの一本の木ではありませんでした。
8年前、息子が安井小学校に入学したときの入学式。
50年前、私自身が安井小学校に入学したときの入学式。
さらにいえば、亡くなった父が入学した昭和26年の春にも、きっとあの桜は、見事な花を咲かせていたことでしょう。
三代にわたり、私たち家族の節目を見守ってくれた桜でした。
もちろん、見守ってきたのは私たち家族だけではありません。これまで何百人、何千人という子どもたちが、あの桜の下を通り、入学し、卒業し、成長していきました。
ランドセルを背負った新一年生。
友だちと笑いながら登校する子どもたち。
卒業の日、少し大人びた表情で校門を出ていく子どもたち。
そのすべてを、あの桜は静かに見守ってくれていたのだと思います。
思い返せば、20年ほど前のことです。あの桜は道の角に立っていたため、あるトラックの運転手の方から「車体に傷がつくので伐採してほしい」と市役所に要望があったことがありました。
そのとき、地域の声を聞いたところ、多くの方から「大切な桜の木を切らないでほしい」という声が寄せられました。その声に後押しされ、桜は伐採されずに済みました。
地域の人たちにとっても、それだけ大切な木だったのです。
春になれば、そこに桜が咲いている。
それは、当たり前のようでいて、実は当たり前ではなかったのだと、今になって思います。
今年、花を咲かせることのなかった桜は、静かに役目を終えました。長い年月、安井小学校の子どもたちを見守り、地域の風景の一部として立ち続け、そして寿命を全うしました。
少し寂しさはあります。
けれども、どこか清々しい気持ちもあります。
長い間、本当にありがとう。
父の時代から、私の時代、そして息子の時代まで。
安井小学校の春を彩り、子どもたちの成長を見守ってくれて、本当にありがとう。
あの場所に桜の木はなくなっても、あの桜の記憶は、安井小学校に通った多くの人たちの心の中に、これからも咲き続けるのだと思います。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>種田 昌克 (オイダ マサカツ)>安井小学校の桜の木、ありがとう