2026/7/12
6月17日の一般質問では、子ども性暴力防止法への対応とあわせて、「生命の安全教育」についても質疑が行われました。
生命の安全教育は、子どもが自分の体を大切にし、嫌なことをされたときに拒否したり、信頼できる大人に相談したりするための教育です。
芦屋市では、幼稚園や学校において、発達段階に応じた取り組みが行われています。就学前や小学校では、自分の体には大切な部分があることや、嫌なことは嫌と言ってよいこと、中学校では性暴力の防止やデートDVなどについて学ぶ機会が設けられています。
僕自身も、こうした教育の必要性には賛成です。
自分の体は自分のものであること、触られて嫌なこと、体の大切な部分、困ったときには信頼できる大人に相談してよいことは、就学前から伝えるべき内容だと考えます。
これは、子どもに自分で被害を防ぐ責任を負わせるという意味ではありません。子どもを守る責任は、あくまで大人や社会の側にあります。そのうえで、子ども自身が違和感に気づき、拒否したり、助けを求めたりするための言葉を持つことも重要です。
年齢が上がるにつれて、体の変化や生殖、妊娠、避妊、性感染症、同意など、より具体的な内容を段階的に教える必要があります。
性教育は、性暴力から身を守るためだけの教育ではありません。
将来、合意の上で性交渉を持つ場合にも、妊娠、避妊、性感染症、同意などについて正しい知識を持ち、自分と相手の双方を守ることが必要です。
性行為に悪意がなくても、正しい知識がなければ、望まない妊娠や性感染症、相手との認識のずれなど、さまざまな問題が起こり得ます。
妊娠は、性交渉を持てば必ず成立するものでも、望んだときにすぐ成立するものでもありません。妊娠しやすい時期は一回の月経周期の中でも限られており、その機会を逃せば、基本的には次の周期を待つことになります。また、妊娠率や卵巣予備能には年齢による変化だけでなく、大きな個人差もあります。
これは、若いうちに子どもを産むべきだという話ではありません。
大切なのは、妊娠や出産、生殖に関する医学的な事実を知ったうえで、仕事、結婚、出産、子どもを持たないことも含め、自分の人生を選択できるようにすることです。正しい情報を知らないまま選択することと、知ったうえで選択することは、まったく意味が異なります。
性教育は、ポルノグラフィとは似て非なるものです。性教育で扱うのは、体の仕組み、生殖、妊娠、避妊、性感染症、同意、人間関係、自分と相手の権利などです。医学、生物学、心理学、公衆衛生、人権教育などにまたがる、科学的・学術的な学びです。
学校や家庭が性に関する正確な情報を伝えなければ、子どもたちはSNSやインターネット、ポルノグラフィなどから断片的な知識を得ることになります。性教育を避けることは、子どもを性から遠ざけることではありません。むしろ、信頼できない情報源に教育を委ねることになりかねません。
命を守るための交通ルールについては、曖昧な表現ではなく、信号の意味や道路の渡り方、事故が起きる危険な状況まで具体的に教えます。
性教育も本質は同じです。自分と相手の心身を守るために必要な情報であるのに、性に関することだけを曖昧にする理由はありません。
学校で具体的な性教育を行うと、子どもの性行為を助長するのではないかという懸念があります。
しかし、国際的には、包括的性教育によって性行為が増えたり、開始時期が早まったりするとの根拠は乏しいとされています。むしろ具体的な性教育は性行為の開始を遅らせ、より安全で責任ある行動につながることが示されています。
「教えれば性行動を助長する」という懸念は理解できなくはありませんが、国際的なエビデンスによって裏付けられているとは言い難いものです。教えなかったとしても性行為の経験がなくなるわけではなく、正しい知識を持たないまま現実に直面する方がよほど危険です。
一方で、日本の学校における性教育には、学習指導要領上のいわゆる「歯止め規定」があり、国際的に推奨される包括的性教育が十分に実施されているとは言い難い状況です。これは芦屋市だけの問題ではなく、日本の教育制度全体の問題です。
日本では、これまで包括的性教育を受ける機会が十分に確保されてきたとは言えません。そのため、性について具体的に教えること自体を「アンタッチャブル」と受け止める感覚も根強く残っています。
しかし、発達段階への配慮は、教えない理由にはなりません。どの年齢で、どのような言葉を使い、どこまで具体的に教えるのかを丁寧に設計するための理由です。
正確な知識を教えることに危険性があるとの懸念には十分な根拠がありません。しかし、教えないことによって生じるリスクは現実に存在します。
社会的な根強い抵抗感がある中で、科学的、医学的な根拠を示しながら、どのように包括的性教育を前進させていくかが大きな課題だと考えます。
包括的性教育に関する考えについては、以前の記事で詳しく書いています。
生命の安全教育は、性暴力を防止するために重要な取り組みです。しかし、子どもたちの命と健康、そして将来の選択を守るためには、それだけでなく、生殖、妊娠、避妊、性感染症、同意などについて、発達段階に応じた正確な知識を伝える必要があります。
性に関する正確な知識を伝えることは、性行為を助長することではありません。子どもたちが自分と相手を守り、自分の人生を主体的に選択するための土台になると考えます。
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