2026/7/27
昨日は、街頭おしゃべり会や夜のオンライン懇談会などを行ない、密度の濃い1日となりました。今日も早朝から活動を開始しています。
1)曲がった釘
子どもの頃、我が家では古材を徹底して活用していました。
どこかで建物が解体されると、そこで使われていた柱や床板、壁板などをもらってきます。その古材で倉庫を建てたり、家を補修したりしました。材料として使えない木は、五右衛門風呂の焚きつけになります。
家の裏には、いつも古材が積み上げられていました。
学校から帰り、店の配達がない日は、その古材から釘を抜くのが私の仕事の一つでした。釘を抜いた後は、もう一度使えそうな材と、焚きつけにする材とに分けます。
使えそうな柱や板は、きちんと横積みにして保管します。焚きつけにする木は、風呂釜の焚き口に入る大きさまで、手斧で割って小さくします。
そして最後には、古材から一本一本、釘抜きで丁寧に抜き取った釘が残ります。抜いた釘はたいてい曲がっています。その曲がった釘を鉄の台の上に置き、金槌で何度も叩いて真っ直ぐにします。そして長さごとに分け、釘箱へしまいます。
この作業は、なかなか根気のいる仕事でした。途中で嫌になり、曲がったまま捨ててしまいたくなることもありました。
それでも、一本一本叩いて使える状態に戻しました。子ども心には面倒な仕事でしたが、「まだ使えるものは使い切る」ということが、我が家ではごく当たり前だったのです。
先日、ふと、小学生の頃のこの光景を思い出しました。
物が豊かになった今、壊れたら捨てる、古くなったら買い替えることが当たり前になりました。しかし、あの頃の暮らしには、使えるものを最後まで生かし切ろうとする手間を惜しまない姿勢がありました。
曲がった釘を金槌で叩きながら真っ直ぐにしていた、あの時間は、正直に言えば辛い時間でした。
けれども、あの頃に叩いていたのは釘だけではありません。物を大切にする心もまた、自分の中に少しずつ打ち込まれていたように思います。
さあ今日も、ブレずに曲げずに、確実に前進します。
【26年7月27日 その6909『逢坂誠二の徒然日記』8606回】
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