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2024年11月19日にライブ公開された、日本維新の会代表選挙2024ネット討論会。そのうち、当記事では「日本維新の会代表だったらあの時どうした?」の部分をお届けします。
衆院解散がささやかれる中での東京都知事選への不参戦、政党が推薦して当選した兵庫県知事への不信任決議と、日本維新の会では首長選をめぐって大きな判断を迫られました。その時、自分が代表だったらどうしたかを、候補者の方々にお話しいただきます。
【このトピックのポイント】
今回の立候補者は届出順に次の4名です。
1問目の「あの時」は今年7月の東京都知事選挙です。日本維新の会は独自候補を擁立せずに不参戦、不戦敗となりました。
当時共同代表であった吉村洋文氏は、実際には政党として結論を下す過程に参加・了承しているので、「責任はある」と前置きをしながら、もし役がなかったらという仮定で話すと説明。その上で、都知事選には国会議員の中からの都知事出馬を強く期待していたと語りました。
金村龍那氏は、「当時、都知事選への立候補が難しいのではないかと、及び腰であったのは事実。あの時戦っておかなかったことが関東における維新の党勢に大きかった」と反省を述べました。その上で、党全体で東京や関東に対する当事者意識が薄かったことを批判し、「党として大型の首長選挙はしっかり戦っていかなければならない」と指摘しました。
空本誠喜氏は、「大都市、首都圏の選挙は国政選挙より重いかもしれない」とし、維新として戦うべきであったと総括。立候補することが次の国政選挙につながると指摘し、短期・中期・長期的な視点での選挙戦略の必要性を主張しました。
松沢成文氏は、関東での維新の勢力を拡大するため、たとえ負けても候補を立てるべきと当時から声を上げていたと明かします。都知事選で大躍進した石丸伸二氏にも触れ、維新がしっかり候補を擁立していれば、こうしたことは起こらなかったと指摘、「無駄じゃないかという考えがあった。それを乗り越えないと維新の会は強くならない」と批判しました。
ここでMC鈴木は、いずれの候補者も「首長選挙を取っていこう」という論点が一致しているとして、具体的に目指すべき首長選挙を尋ねました。各候補者の回答は以下の通りです。
2問目のあの時は「兵庫県知事への不信任決議」です。
日本維新の会では、兵庫県議会で斎藤元彦知事に対する不信任決議に会派として賛成しました。地方議会での会派の判断は党本部としても賛成していると思いますが、国政に影響を与えるものです。
この件に関する各立候補者の見解は以下の通りです。
金村龍那氏は、当時から、結論を下すという対応を取る過程に、党としてのさまざまな判断が必要だと声を上げていたとし、「タイミングとしては最悪」とコメントしました。
空本誠喜氏は、「詳細がわからない」としながら、斎藤知事との対話が必要だったのではないかと指摘しました。
松沢成文氏は、「維新の決断がだらだらしてわかりづらかった」とし、維新の対応のわかりづらさが有権者の不信を招き、斎藤氏再選につながったのではないかと分析しました。
吉村洋文氏は、議会の不信任決議を出した判断はとても重いものでしたが、その中で県民は斎藤氏を支持しました。「これは維新を含め、県議会への不信任が出たに等しい」と吉村氏は語ります。「今後の振る舞いが兵庫維新の会として、兵庫県議会として筋が通ったものになるか、非常に大事なところ」と締めくくりました。
日本維新の会代表選挙2024 ネット討論会、あの時自分が代表だったら?各候補者の考えを詳らかにします!
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