7月に行われた参議院議員選挙の投票率は52.05%と、戦後行われた参議院議員選挙の中では4番目に低い投票率となっています。有権者のおよそ半分の人が投票していない状況のなか、投票率向上のための取り組みとして注目されているのが「インターネット投票(ネット投票)」です。
けれども、インターネット投票を導入しただけでは投票率を向上させることは難しいと考えざるを得ない理由があります。確認してみましょう。
衆議院憲法審査会では2019年に世界で唯一すべての国民がインターネット投票を行えるエストニアの国会議員(与党3党の代表者)と意見交換を行っています。
数字的には投票率は変わっていない。しかし、インターネット投票により、海外に移住している方などは投票できる機会が与えられたと思う。
キースレル議員(祖国党)
上記発言のように、三氏ともにインターネット投票による投票環境の改善は評価しつつも、投票率を向上させる効果があったとは発言していません。
事実、インターネット投票を導入した後の投票率と、投票に占めるインターネット投票の割合を確認すると、インターネット投票の割合は40%を超える水準まで上昇する一方で、投票率自体は60%程度で安定していることがわかります。
このようにエストニアではインターネット投票が投票率を向上させる手段となっているわけではないことがわかります。
若年世代、18 歳から 25 歳までの青年の投票率は低い。
ローネ議員(中央党)
加えて、若年層の投票率がほかの年代よりも低水準にあることも指摘されています。エストニアの事例からは、「インターネット投票が実施されていないから若年層の投票率が低くなっている」との主張をすることも難しくなりそうです。
インターネット投票を実施した場合に投票率が向上すると考えるためには、投票のインターネット対応へのニーズがあることが前提となります。
インターネット投票が実現された場合にどのくらい使用されるのかを想定するために、ほかの行政サービスの状況を確認してみましょう。
確定申告のオンラインサービスであるe-taxの利用状況は2021年度59.2%でした。(対象:所得税申告)
この中には、「確定申告会場で申告書を作成しe-Taxで提出した人」も含まれているため、「現地に行かずにインターネット経由で手続きをすべて完了させた人」だけの割合となると、利用率が低くなる点に注意が必要です。
また、確定申告の対象は現役世代が中心です。若者から高齢者までまんべんなく対象となるインターネット投票と異なり、PCやスマートデバイスの操作に慣れている世代が利用者の中心となる状況でも4割以上の人がe-taxを使用していません。
住民票等の市区町村が発行する証明書を全国のコンビニエンスストアで取得することができるコンビニ交付の利用状況もみてみましょう。
地方公共団体情報システム機構によると、日本に暮らすおよそ9割の人がコンビニ交付サービスを利用することができる場所に居住している状況にあり、2021年度に発行された証明書のうち、およそ1割強がコンビニ交付となっている状況です。
図表4からは、コンビニ交付に対する発行手数料のある自治体では、その規模に関わらずコンビニ交付が全国平均よりも使われるようになっていることがわかります。
ただし、入間市(埼玉県)の事例にあるように、大幅な発行手数料の補助は、実施前後で利用率を大きく変えるものの、実施後の利用率の増加は緩やかになります。マイナポイントを用いたマイナンバーカードの普及促進施策でも指摘されることがありますが、マイナンバーカードを用いた施策の推進にあたって金銭的なインセンティブが効果を及ぼす人の数には限界がありそうです。
e-taxやコンビニ交付では、インターネット投票と同様に、時間や場所に縛られずに対象の行政サービスを利用できるようになります。加えて、予約の手間や待ち時間等の対応コストの削減(e-tax)、金銭的なメリット(コンビニ交付)といったインターネット投票にはない、従来の対応への付加価値もある状況です。
それにもかかわらず、オンラインサービスを利用してもらうためには、一部の意欲的な人を除いて、様々なサポート、働きかけが必要となっており、そこまで対応したとしてもその利用者はなお限定的な状況にとどまっています。このことは、インターネット投票が実現された場合の利用状況を考える上で参考になります。
インターネット投票が導入された後に、投票率を向上させるほど多くの人に使用されるためには、「仕組みへの安心感」が必要になります。
警察庁「令和3年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」によると、インターネットバンキングやフィッシングサイトを用いたクレジットカード不正利用の被害額は200億円を超える規模となっています。また、政府機関等への不正アクセスにおいて国家レベルの関与が明らかになった事例も報告されるなど、インターネット環境で利用者が直面する脅威は深刻な状況が続いています。
一方、新型コロナウイルス関連のシステムに起因するトラブル、不具合も複数発生していたように、日本の行政サービスのデジタル化は与野党を問わず他国よりも劣っていると評される状況にあります。 GAFAMを擁するアメリカですら、大統領選挙をはじめとする各種選挙でインターネット投票は実現されていませんし、アメリカ科学振興協会〔AAAS〕などの有識者団体はセキュリティ面での問題などから懸念を表明し、反対活動を行う状況が続くなど、インターネット投票のセキュリティ対策は非常に難易度が高いものです。
インターネット投票が投票率を向上させるほど多くの人に使用してもらうために、安心感の確保も大きな課題となっています。
ここまでの情報から判断するとインターネット投票が投票率に与える影響は限定的なものとなりそうです。(もちろん、18歳選挙権同様、「初めて」の効果でお祭り的に最初の選挙での投票率が上がる可能性はあります)
一方、本稿では取り上げていませんが、在外投票などの既存の制度では大きな問題に直面している有権者の助けとなる可能性は高いものがあります。
インターネット投票には様々な期待の声もありますが、導入に向けて多くの準備や多額の費用、時間を要するのも事実です。withコロナの時代に貴重な政府の資源をどの政策に割り振っていくのかは大きな課題となっています。社会のデジタル化に向けた機運が高まっているなかですが、インターネット投票を推進するかどうかについては、具体的な課題も踏まえた日本の実情沿った検討が求められます。
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