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ネット投票を考える上で知っておきたい理想と現実|投票率向上の切り札になるのか?

2019/10/17

原口和徳

原口和徳

10月10日に参議院埼玉県選出議員補欠選挙が告示を迎えました。政党代表と前県知事の対決という構図となり一躍全国から注目を集める選挙となりましたが、実は埼玉県内には今回の補選で今年6度目の投票を迎えるという人もいます。

>>埼玉では参院補選が今年6度目の投票になるところも!こんなに選挙が多いことってあった?

さすがにこれだけ選挙が重なると、「いい加減投票所に行くのも負担が大きいし、投票に行くのはやめてしまおう。早くインターネットでの投票ができるようになればいいのに」と思われる方もいるのではないでしょうか。

投票するためのハードルを下げる手段として挙げられることの多い「パソコンやスマートフォンからのインターネットによる投票(ネット投票)」ですが、実際のところはどのような状況にあるのでしょう。

日本では、在外投票を対象に実証実験を実施

日本でのネット投票を巡る情勢は昨年から大きく動き出しています。
総務省の研究会がまとめたネット投票の実施を含む提言を受けて、今年度は約2.5億円の予算を用いた実証実験が予定されています。ネット投票の対象は10万人を超す海外に暮らす有権者の方が利用する在外投票とされていますが、そのシステムは国内の選挙でも使用可能であると言及されています。
また、茨城県つくば市では市の事業に対するネット投票が実施されるなど、地方自治体でも試みがなされていることも注目されています。

このように機運の高まるネット投票は、このまま近いうちに実現されるのでしょうか?
そこには越えなければいけない3つの課題があります。

課題1:規模の壁。実績があるのは日本の100分の1の規模まで

国政選挙ですべての国民を対象にしたネット投票を実施している唯一の国がエストニアです。
先述した総務省の投票環境の向上方策等に関する研究会の中では、他に国政選挙においてネット投票を行っている国として、一部の州でネット投票を導入しているスイスが紹介されていましたが、ネット投票の仕組みにセキュリティ上の問題が発見され、2019年7月からはネット投票を行うことができなくなっています。

ちなみにエストニアの人口は約130万人と、参院選補選の行われている埼玉県のさいたま市とほぼ同じ人口規模です。また、有権者数も100万人弱と日本国内の有権者数1億人超と比べると100分の1程度です。このようにネット投票は日本の100分の1程度の規模まででしか継続して実施された実績がありません。
また、ネット投票の類似事例として言及されることのあるアイドル総選挙の投票規模は300万票超であることが先述した総務省の研究会の中で明らかになっています。

規模が大きくなることで、システム構築や保守、投票のためのルール作りとその運用などの難易度が飛躍的に高まっていきます。事実、ネット投票はこれまでに様々な国が検討を進めてきたものの、継続して運用できている国がエストニアしかありません。今後、日本の国政選挙における国内での投票手段としてネット投票を実現するためには、ほかの国々も克服できていない様々な課題を解決していく必要があります。

課題2:期待される効果の壁。ネット投票で若者の投票率は上がるの?

「そうはいっても、ネット投票には投票率を上げる効果などの様々なメリットがあるのでしょう」と思われる方も多いかもしれません。

図表1では、2010年代の選挙におけるネット投票の利用状況をまとめています。
全投票方法の中でネット投票が占める割合は増加し、今年行われた選挙では4割を超える状況となっています。また、期日前投票に限ってみると、約7割がネット投票によるものとなっています。エストニアの国会議員選挙で初めてネット投票が導入されたときの利用率は5.5%(2007年)でしたので、ネット投票は多くの人に選ばれる仕組みとなっていることがわかります。

図表1_エストニアにおけるインターネット投票の利用状況

では、日本で期待されることの多い若者の投票率の向上について、エストニアではどうだったのでしょうか。

図表2では、ネット投票者数に占める年齢別の割合と、エストニアの年齢別人口の割合を比較しています。

図表2_エストニアのインターネット投票利用者、人口の年齢構成

年齢別投票率そのものと比較をしていないため断言はできませんが、10歳代や20歳代前半といった特に若い有権者がネット投票者数に占める割合は、年齢別人口の割合よりも小さくなっており、ネット投票がこれらの世代の投票を促しているとは言い切れない状況にあることがわかります(2017年の地方選挙:若い有権者の比率・12%、ネット投票者数に占める若い有権者の割合・8%)。
事実、エストニアのネット投票を解説する情報の中には「ネット投票の実施による投票率改善への大きな貢献は確認されていない」旨を紹介しているものもあります。

一方でポジティブな情報も読み取れます。議会選挙、地方選挙ともに20歳代後半~50歳代前半までの世代が占める割合は、ネット投票利用者の方が人口よりも大きくなっています。Skypeを生み出すなど、エストニアの技術力は世界からも注目を集めており、有権者の1割弱は国外に居住し、活躍されています。ネット投票のうち6.3%は海外有権者からの投票によるものであり、20歳代後半以降の海外で活躍する方々にとってネット投票が貴重な投票機会を与えるものとなっていることが窺えます。

日本でも海外に暮らす有権者の方は増加しています。2001年に行われた第19回参議院議員通常選挙の時、海外在住の有権者は約7.4万人でしたが、7月の第25回参議院議員通常選挙では10万人を超えています。ネット投票には海外に暮らす方の投票権を守る効果が期待できそうです。

ネット投票を実現するためには多くの予算を投じる必要があります。消費税増税がなされるなど苦しい財政状況が続く中でネット投票を実現していくためには、ネット投票への理解を深め、現実と期待される効果との間に存在するギャップを埋めていく必要があります。

課題3:実現内容の壁。エストニアでネット投票ができるのは期日前投票のみ

ネット投票というと、投票日当日にパソコンやスマートフォンから投票できることを想定されている方も多いのではないでしょうか。ここにも現実とのギャップがあります。

ネット投票には特定の候補者に投票するように強制される事態など「投票の秘密」に対する懸念が示されています。エストニアでは一度投票した内容を後から何度でも上書きできるようにするなどの対策を施していますが、集計時に二重投票となる事態が生じるのを防ぐためにネット投票ができるのは期日前投票に限られています。具体的な期間は投票日の10日前から4日前までの7日間となっています。

>>インターネット投票で何が変わる?エストニアの選挙から見えてくること

なお、前回衆議院議員選挙において選挙公報が各家庭に配布された日程を見ると、投票日の5日前までに配布を完了した市町村は22%弱に過ぎない状況であることがわかります。仮にエストニアの方式をそのまま参考にした場合、紙の選挙公報が手元になく情報が不足した状態でネット投票を行わなければならない人が続出する可能性もあります。都道府県の選挙管理員会のwebサイトに掲載される選挙公報の電子ファイルを閲覧することなどが対策として考えられますが、事前にそのための周知を徹底する必要が生じます。

このようにネット投票が実現できることと、ネット投票に期待されている投票方法に関するギャップも埋めていかなければならない課題です。

ネット投票を巡る議論をきっかけに考えたいこと

市町村合併などの影響もあり、日本の選挙での投票所数は減少傾向にあります。
ネット投票を巡る議論は海外で暮らす方や高齢者の方、日中投票所に行く時間を捻出することができないと感じている若者など、居住地や就業時間・ライフスタイルなどの特定の条件に合致する人が投票しにくい環境に置かれている状況に対して光を当てました。

一方、インターネット投票を日本で導入するためには、技術、コスト、運用方法のそれぞれで問題が指摘されています。また、FAXや移動投票所などの代替案の提案もあります。

様々な政策課題に対して「選挙で示された民意」が強調されることの多い昨今の風潮の中では、投票しにくい環境に置かれている人たちの状況を改善するための取り組みが特に優先される必要がありますが、消費税増税からもわかるように国の予算には厳しい制約があります。
そのような中で今後どのような取組みを選び、実現していくことが望ましいでしょうか。
ネット投票を巡る今後の動向が注目されます。

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原口和徳

原口和徳

けんみん会議/埼玉ローカル・マニフェスト推進ネットワーク 1982年埼玉県熊谷市出身。中央大学大学院公共政策研究科修了。早稲田大学マニフェスト研究所 議会改革調査部会スタッフとして、全国の議会改革の動向調査などを経験したのち、現所属にて市民の立場からのマニフェストの活用、主権者教育などの活動を行っている。

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