新型コロナウイルスの感染拡大は、アメリカ大統領選挙をはじめとする世界中の選挙に影響を与えています。民主主義・選挙支援国際研究所(International IDEA)は、2月21日から5月7日までの間に少なくとも55の国と地域で選挙が延期されたことを明らかにしています。
図表1_新型コロナウイルスの感染拡大を受けて選挙を延期した国、地域
投票するための外出で生じる新型コロナウイルスに感染するリスクを低減する方法として、インターネット投票を求める声があります。今、インターネット投票を巡る状況はどのようになっているのでしょうか。
現在の状況を確認しておきましょう。
総務省「投票環境の向上方策等に関する研究会」における会議資料(総務省「投票環境の向上方策等に関する研究会(第3回)」2018年2月)では、エストニア(全国)とスイスの一部の州において国政選挙でインターネット投票が行われていることが報告されています。
2003年以来、各州が主導して300を超える選挙や国民投票でインターネット投票を行ってきたスイス(SWI「スイス、電子投票の全面導入は当面見送り システム欠陥で」2019/6/28)では、連邦政府が主導して2019年10月の連邦議会選挙において全26州のうち少なくとも2/3以上の州でインターネット投票を行うことが目指されました。しかし、システム開発費の高騰やセキュリティ面での問題が発覚したことなどによってインターネット投票に使用できるシステムがなくなってしまい、2019年の連邦議会選挙ではこれまでにインターネット投票を行っていた州も含めてすべての州でインターネット投票の実施が見送られることになりました。
また、範囲を絞った形だと、海外からの投票に限ってインターネット投票を行っている事例があります。ニュージーランドでは海外からの投票者に限ってインターネットを介して投票用紙の取得、提出ができます。
アメリカ(NCSL「Electronic Transmission of Ballots」2019/9/5)では州によって異なります。主に海外からの投票について、アリゾナ、コロラド、ミネソタ、ノースダコタの4つの州では専用のウェブサイトから投票できます。ウェストバージニア州では、ブロックチェーン技術を使ったモバイルアプリが提供されています。ほかにも19の州ではe-メールないしはfaxを使って投票することができます。FAXのみ許可されているのは7州で、それ以外の19州ではe-メールやFAXといった電子的手段を用いて投票することはできません。
図表2_在外投票における電子的な投票手段(アメリカ)
日本でも、海外からの投票についてインターネット投票を実現することを目指して、今年実証実験を行っています。海外に在住しているなどの特別な条件を定めずにインターネットを用いた投票ができるのはエストニアのみとなっています。
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ニュージーランド(VOTE NZ「2020 General Election COVID-19 and the 2020 General Election」)では、9月に予定されている総選挙に向けて国外在住の有権者に向けて提供しているオンライン投票の仕組みを拡大することも検討されましたが、期日前投票と郵便投票の対象拡大のみが実施されることになりました。
アメリカでも11月の大統領選挙に向けてインターネット投票の導入を主張する意見もあります。特に、ウェストバージニア州などで海外からの投票においてブロックチェーン技術を用いたモバイル投票アプリを提供しているVoatzなどの具体的なサービスがあることも、導入論を後押ししています。
しかし、有識者の意見としては、「科学的証拠に基づいてインターネットやモバイルアプリを用いた投票にセキュリティ上での深刻な懸念を持っており」「現時点では、インターネット投票は米国での投票のための安全なソリューションではありません。また、近い将来そうなることもありません」(アメリカ科学振興協会〔AAAS〕)、「オンライン投票は実行可能または受け入れ可能なソリューションではなく、テーブルに載ってはならない」(ヘリテージ財団)などのように、新型コロナウイルスの感染拡大を受けても導入を諫める意見が多い状況です。
先述したVoatzについても、マサチューセッツ工科大学の研究者や民間企業の調査によって、投票結果やアプリケーション利用者の個人情報に対する複数の深刻なセキュリティ上の脆弱性が指摘されています。
アメリカでの議論で取り上げられているインターネット投票のリスクを2点に絞って紹介します。
1つ目は、投票結果が正しく記録、集計されたかがわからないというものです。
「投票の秘密」を守るため、有権者が投票した後、投票の結果以外は破棄する必要があります。そこでは、投票者と投票先のつながりは完全に失われた形で記録されることになります。そのため、有権者は自身の投票内容が正しく記録されたかどうかを後日確認することができませんし、選挙管理委員会が投票者に対して投票結果が正しく記録されているかどうかを尋ねることもできません。仮に悪意をもった第三者が検出不可能な手段でもって集計前の投票結果に手を加えた場合、そのことをみつけることもできません。
また、仮に何らかの不正がみつかったとしても、投票結果を基に再集計することができません。このことは、紙の投票用紙を用いた場合に有権者によって内容を確認された投票用紙が残り、再集計も可能となっていることとは対照的です。
なかには、オンラインバンキングやショッピングなどが行えるのだから、投票にインターネットを使用してもよいのではないかという意見も見受けられます。しかし、毎年数千億円がオンライン上で盗難や詐欺の被害にあっているようにそもそもインターネットの使用にはリスクがあります。オンラインバンキング等では取引明細などを通じて不審な履歴の問い合わせができることや、保険による損失補てんなどの対策を講じることができるのに対して、選挙では事後に不審な結果を発見し、再集計することができないことや損失を補う術がないことなど、かえってインターネット投票の危険性が強調される結果となってしまっています。
2つ目は、有権者が第三者から強要されることなく自分の意思で投票できるかわからないといったものです。投票所で選挙管理人立会いの下で投票することの意義が強調されています。
アメリカでの議論では、有力な手段として郵便投票の活用が検討されています。郵便投票は、有権者登録をしている有権者の下に投票用紙が郵送で届けられ、有権者は必要事項を記入の上、返送するというものです。アメリカでは、投票方法は州が決めることになりますが、多くの州で今までは申告制であった郵便投票をすべての有権者を対象に無申告で実施できるようにすべく州議会などで議論されています。ただし、郵便投票にも課題があります。投票用紙の一部が行方不明になるという事態が生じていることです。
ヘリテージ財団(The Heritage foundation「America`s Hidden Voting Epidemic? Mail Ballot Failures」2020/4/20)は、2012年、14年、16年、18年の4回の連邦議会選挙において2,830万通の郵便投票用紙が行方不明になっていることを明らかにしています。アメリカセンサス局(United States Census Bureau「Citizen Voting-Age Population and Voting Rates for Congressional Districts: 2018」2020年2月)によると2018年選挙における有権者年齢の推定人口が約2.3億人ですので、1回の選挙辺り3%に相当する有権者が意思表示の機会を失っている可能性がある状況です。また、たまたま他人の郵便投票用紙を取得した者がなりすまして投票をする危険性も指摘されています。
投票用紙の行方不明が生じる原因としては、有権者名簿が不正確で投票用紙を届けることができなかったことや、投函された投票用紙がなんらかの事情によって正しく投票所に届けられなかったなどの理由が推定されています。
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