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安倍前首相と菅首相の総理としての通信簿(歴史家・評論家 八幡和郎)

2021/1/14

八幡 和郎

八幡 和郎

豪州モリソン首相(左)と菅首相(首相官邸Facebookページより)

『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)という本をかつて書いた。初版は小泉内閣退陣の少し前で、二度ほど改訂したが、そのなかで、第1次内閣(2006~2007年)での安倍晋三首相には、かなり厳しい点数をつけた。

小泉純一郎政権の官房長官から昇格したのち、小泉内閣で拡大した格差拡大について再チャレンジを打ち出したが、それでは一部の人は救われるが全体的な格差拡大を是正するものにならないなど、小泉継承政権の域を出なかった。

しかし、それ以上に、参院選で敗北して「ねじれ国会」を生じさせたのが大失策だった。しかも、本来は首相選びと関係ない参議院選挙を「政権選択の選挙」と自ら位置づけていたことで、政権の正当性に致命的な傷をつけた。

しかし、2012年の再登板後の安倍首相には、最高クラスの評価をしたい。外交では、世界最高のリーダーとして尊敬された。米国のバラク・オバマ前大統領と、ドナルド・トランプ大統領と良い関係を築けたのは、世界で安倍前首相だけだ。

首相官邸Facebookページより

南北朝鮮とだけは良くなかったが、これは仕方なかった。北朝鮮とは、核疑惑が続くなかでは独自に融和策はとれないという制約があった。そのなかでは、米朝首脳による交渉のなかで拉致問題をトランプ大統領自身に取り上げてもらうというのは、最大限の努力だったとしかいいようがない。

韓国に対しては、朴槿恵大統領の告げ口外交に悩んだが、粘り強い交渉で慰安婦問題に決着をつけた。しかし、それを文在寅大統領が反故にし無茶を繰り返したのだから、強硬姿勢を貫かないと将来のためにならない。

憲法改正も、現実的なアプローチでかなり前進したと思う。スキャンダルは「モリカケ桜」という些事しか追及する材料がなかったことが重要だ。過去の政権のスキャンダルと比べて、そもそもの疑惑があまりにも些細なものだ。

首相官邸Facebookページより

経済については、雇用情勢が著しく改善したことは評価したい。全般的に、これまで中高年優先で世代間格差が拡大してきたのを、始めて若年層に有利な方向に修正されたと思う。その結果、年代別の政党支持率で、若年層では与党支持が多く、野党支持層は中高年に偏っているという世界でも特異な傾向になっている。

一方、アベノミクスの「第三の矢」である産業の競争力向上は物足りなかった。どこが課題だったのかについて、政権幹部の一人に質問したら、「安倍前首相は人が良いので抵抗勢力に少し甘かった」と言っていたが、その通りだと思う。

そして、それは菅義偉氏が後継首相になったことに前向きな意味を与える。菅首相は外交が得意分野とは思えない。これまでの長い蓄積の問題だから、慣れたらよくなるというような簡単なことではなく、堅実なチームプレーで大過なくこなすに留まらざるをえないだろう。

大きな国家ビジョンも示していない。首相になる気がなかったか、その野心を隠していたのかどちらにせよ、準備ができていなかった。早く、首相にふさわしいブレーン集団に刷新して、方向性を見つけることを期待したい。

それに対して、菅首相は個別具体的な課題を正しく分析し、官僚機構や業界などの抵抗をはねのけて結果を出すということにかけては、天才的なものがある。「電子政府」「携帯電話料金」はかなり期待できそうだ。

首相官邸Facebookページより

観光支援事業「GoToトラベル」は、私は最高度に評価したい。コロナ対策と経済を両立させたかったら、お金が動く割にはコロナ拡大に悪影響を及ぼさない方法を考えるべきだが、「GoToトラベル」はそのニーズに応えるものだ。対象になっているところは、比較的、しっかりした対策が講じられている場所だからだ。

しかし、日本学術会議問題などの文科省関連、地方自治や地方分散、そして、日本最強の岩盤規制が張りめぐらされて、政治力も並大抵ではない医療関係では、安倍前首相も菅首相もやられっぱなしであって、新型コロナウイルス対策も隔靴掻痒(かっかそうよう=痒かゆいところに手が届かないように、はがゆくもどかしいこと)である。

私は、日本の医師のあり方に強い批判をこれまでもしてきたが、なかなか、賛同が広がらなかった。

しかし最近は、「欧米の何十分の一の患者で、なぜ医療崩壊するのか」「コロナの現場から医師が敵前逃亡しても批判されない医師の世界のモラルの低さ」「なぜ医療機関は年末年始の休みをいつもの年通りとったのか」などと指摘すると喝采してくれる人が増えて、新型コロナで問題が浮き彫りになったと感じる。

菅首相にも、医療界に怖がられる宰相であってほしいと思う。

支持率は低迷しているが、安倍内閣でもコロナ対策がおかしかったと思わなかったが支持率は低迷した。つまるところ、MMT理論の流行以来、財政資金を無駄遣いすることへの抵抗感が麻痺しているだけだと思う。

国民がじっと休んでいたい、収入源は補償しろ、収入減してるわけでもなくても見舞金よこせ(一律給付金は9割が貯蓄にまわったという試算もある)、将来の増税なんぞ絶対許さないというのは無茶苦茶である。

そういう国民を満足させるのは、無理だし、迎合すべきでない。感染が減ってきたら支持率も回復するだろうから、我慢するのが正解だ。

ヨーロッパなどでもばらまきはしているが、財源対策の議論は忘れられてないし、もともと健全財政だから余裕がある。

東京五輪について、NHKの世論調査では、中止論が多いが、いますぐに中止を決めることにどんなメリットがあるか理解不能だ。これも、若干、縮小しても開催すれば国民は喜ぶだろうから、いまは我慢するしかない。

菅首相がするべきなのは、コロナ対策に全力をあげつつ、ほかの改革はお休みでなく、むしろ、どさくさ紛れのつもりで、どんどん進めることが賢明だろう。

将来の菅義偉首相にどんな通信簿がつくかは、改革をどこまで進められたかによることになるはずだ。

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八幡 和郎

八幡 和郎

評論家、歴史家、徳島文理大学教授 滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。

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