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外国人の人権問題は「票」にならない?(フォトジャーナリスト・安田菜津紀)

2020/10/24

安田 菜津紀

安田 菜津紀

国連人権理事会の「恣意的拘禁国連部会」が、トルコ国籍のクルド人であるデニズさん、イラン国籍のサファリ・ディマン・ヘイダーさんの訴えを受けて、日本の入管当局の対応を「国際人権規約に反する」とした見解をまとめました。2人とも難民申請中であり、精神疾患や著しい体調不良を訴えてきたにも関わらず、入管は長期にわたって繰り返し2人を収容してきました。在留資格がないなどの理由で外国人を無期限に収容する日本の方針は、これまでも国連から再三「拷問にあたる」等の指摘を受けてきましたが、今回の見解はさらに踏み込んだものといえるでしょう。

入管収容施設の長期収容の問題を訴える人たち(FREEUSHIKUFU Facebookページより)

今年7月、映像プロジェクト「ChooseLifeProject」の企画で、デニズさんにお話を伺ったことがあります。収容を解かれても、デニズさんに強いられている状況は過酷なものでした。難民認定が受けられず、日本人の女性と結婚しても在留資格は得られていません。仮放免では労働することも許されず、常に不安定な立場にあります。「ぜひ、働きたいんです。働いて自分のお金で奥さんにプレゼントしてみたい」というのが、“ごく普通の生活”さえ阻まれるデニズさんの切実な思いでした。

入管を巡っての問題は、上限のない収容期間に留まりません。施設内でのハラスメントや、適切に医療を受けさせないなど、「密室」で起きている暴力も指摘され続けています。この1年ほどだけを振り返っても、トイレの様子まで監視されていたクルド人女性や、下着姿のままで別室へ連行されたコンゴ民主共和国出身の女性の証言が伝えられています。また、牛久の入管施設では2014年、カメルーン人男性が体調不良訴えるも放置され亡くなるという事件が起きました。床の上を転げ回るほどもがき苦しんでいるにも関わらず、職員は監視カメラで様子を観察しながら、適切な処置をしなかったとされています。残念ながらこうして明るみになってきた実態は、氷山の一角に過ぎないでしょう。

ところが今、さらに懸念すべき議論が進もうとしています。今秋の臨時国会での議論は見送られたものの、その先の国会で、出入国管理法が変わる可能性があるのです。そこに盛り込まれると見られているのが、「送還忌避罪」「仮放免逃亡罪」など、罰則の新設です。提言をしたのは、2019年10月に設置された法務大臣の私的懇談会、「収容・送還に関する専門部会」(以下、専門部会)でした。

契機となったのは2019年6月、長崎県大村の入管施設でナイジェリア人男性が餓死したことだとみられています。彼らはこの餓死事件の原因を、「送還が果たせなかったこと」だと分析し、そこに刑罰を課すことによって、本人に帰国やパスポートの取得の同意をさせることが“狙い”だとされています。

果たして専門部会の議論は、当事者たちの声を十分に反映してきているのでしょうか。例えば「仮放免逃亡罪」の導入について、仮放免中の人々が“なぜ逃亡したのか”を分析した痕跡はほとんどありません。入管に収容されている人々の中には、「仮放免」を求めてハンガーストライキを続けている人もいます。大村入管で亡くなった、ナイジェリア人男性もその一人でした。命の危険ぎりぎりのところでどうにか収容から解かれたとしても、2週間後にまた再収容されてしまう、ということが問題になっています。一度自由を味わわせた直後に、また絶望へと突き落とすのです。当然彼らは、再収容を逃れたいと願うでしょう。つまり、逃亡せざるをえない状況を、そもそも入管側が作り出しているのです。そう考えるとこれは、「逃亡」ではなく、「避難」ではないでしょうか。

強制送還を拒むなどの「送還忌避」についても、万が一刑事罰が導入されたとして、その先に待っているのは「負の無限ループ」です。在留資格を失っている人々がまず入管の施設に収容され、送還を拒否すれば刑務所へと送られる。そして刑務所から刑期を終えて戻ってきても、やはり「帰れない」事情は変わりません。「難民申請中である」「日本人の家族がいる」「生活の基盤の全てが日本にある」など、理由は様々です。そうなると、入管施設に帰されたと思いきや、また刑務所に…そんなサイクルに閉じ込められるかもしれません。むしろ「入管施設より、刑務所の方がまし」という声さえ、支援者たちの元に届いているといいます。

2019年、日本では1万人をこえる難民申請がありながら、認定を受けた人数はわずか44人です。難民認定率でいえば0.4%、前年に続き1%にも満たない狭き門です。「万が一認定を受けられればものすごくラッキー、くらいに思っていないと、精神状態がもたない」と、ある難民申請者の方に打ち明けられたことがあります。送還を拒否している人々の中には、難民に該当する人が必ず含まれているはずです。そこに刑事罰を導入するということは、難民であること自体を罪に問うようなものではないでしょうか。事実上の難民条約からの離脱とさえいえるでしょう。

この動きについて、とりわけ「送還忌避罪」に的を絞り、下記のアンケートを各政党に行いました。

1:現在提言されている「送還忌避罪」への賛否
2:その理由

「送還忌避罪」自体へのスタンスについては、大きく下記の4つに分けられます。
①明確に反対な政党
②検討中ではあるものの送還忌避罪自体への問題意識を持っている政党
③まだ不明確な政党
④期限内に回答がなかった政党


①明確に反対な政党

【日本共産党】
1:送還忌避罪 ― 反対
2:厳罰化は、送還拒否している人が収容施設と刑務所を出たり入ったりするだけであり、問題の解決にはなりません。外国人労働、難民認定制度、運用を全体として見直す必要があると考えます。

②検討中ではあるものの送還忌避罪自体への問題意識を持っている政党

【社民党】
第7次出入国管理政策懇談会「収容・送還に関する専門部会」の報告書「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」が公表されていることは承知しております。

この報告書に関連してまだ党内での議論を経ておりません。外国人の諸権利がまもられることはもちろん、日本の難民認定率が1%にも満たないこと、収容期間の上限を定めるなどの収容法制の改正などを考慮したうえで態度を決定することとなります。

【国民民主党】
我が国の難民認定率は、国際的に見て非常に低い水準にあること、先日、国連人権委員会のWG(ワーキンググループ[※筆者注])から日本の入管収容について、国際人権法違反との指摘を受けたこと、こうした状況について国民民主党は強い問題意識を持っています。また、政府の検討する送還忌避罪の新設については、その検討プロセスにおける資料の杜撰さも一部問題になっています。

そもそも刑事罰新設の効果も定かではなく、むしろ取り組むべきは、難民制度のあり方や、収容環境の改善という本質的問題ではないかと考えます。国民民主党は、このような本質的問題に向き合いながら、政府提案についても慎重に精査し、国際社会における人権国家としての日本の役割を果たすための解決策を見極めつつ検討を進めていきます。

③まだ不明確な政党

【日本維新の会】
日本維新の会は、退去処分に従わない外国人に処罰を科すことの是非を含めて、不法滞在者の送還忌避・長期収容問題への対応について、党内で鋭意議論を進めているところです。

【NHKから国民を守る党】
1:現在提言されている「送還忌避罪」への賛否
→賛否どちらでもなし

2:その理由
→日本在住の外国人に対して、NHK委託業者による被害が出ている。委託業者が日本語を十分に理解できない外国人を騙して契約させたり、委託業者と外国人が玄関先でトラブルとなっているという報告がある。わが党は日本在住の外国人のことを考えるにあたり、悪質なNHK委託業者から守るため、この現状の周知をしつつ、こういった被害を減らすことを最優先課題としている。送還忌避に刑事罰を科すべきか否かについては、国会で各党による議論を参考にした上で判断したい。

【公明党】
送還忌避者の増加や収容の長期化は、解決すべき課題であると考えています。その上で、その具体的方策については、現在、党としても法務部会や難民政策プロジェクトチームのもとで検討しており、今後も引き続き、ヒアリング等により関係団体の意見等も踏まえながら、慎重に検討を重ねてまいります。

④期限内に回答がなかった政党

自民党、立憲民主党、れいわ新選組

 

各政党からの回答について、外国人長期収容問題に詳しい駒井知会弁護士は、「難民の迫害から逃れる権利、日本生まれや日本育ちの子どもたちの将来、外国籍の家族のいる家庭の絆を大切に出来るか否かなど、日本社会における人権保障のあり方と、共生社会としての発展の可能性の有無を正面から問う、極めて重要なトピック」と前置きした上でこう語ります。

「今回、送還忌避罪への支持を表明する政党が一つもなかったこと、逆に、回答した政党のうち、複数の政党が、送還忌避罪に反対もしくは否定的な姿勢を示したことを、法務省・入管庁は重く受けとめてほしいです。また、複数の政党が、日本の難民認定率の異様な低さを指摘し、難民認定制度等の改善こそが取り組むべき課題だと示唆したことも、重視したいと思います」。

今回、全ての政党から回答を得られなかったことは残念とした上で、「諸外国においては、難民や入管を巡る問題がダイレクトな選挙の争点になることも珍しくないことも考えれば、次回このようなアンケートがあった場合には、全ての政党が回答を寄せることを願います」としました。

今後の国会での議論については、「もしも次々回の国会において入管法改悪の議論になった際、送還忌避罪創設の可否について旗幟鮮明にしていただいた上で、十二分に議論を深めていただけるものと期待していますし、そう信じています。現在も、党内で真剣な議論が進んでいる政党もあると聞いております」と、各政党が正面からこの問題に取り組むべきことを改めて強調しました。

外国人生活者の方々や、難民問題と関わる支援者、弁護士たちからは、「外国人の問題、入管の問題は“票”にならないからなかなか政治が動いてくれない」という声を度々耳にしてきました。けれどもこれは、“一部の限られた人たち”の問題でしょうか。誰かの人権が際限なく踏みにじられる状態の社会は、あるべき姿といえるのでしょうか。政治が動き、構造的な暴力が変わっていくためには、声の輪の広がりが必要です。入管を巡って何が起きてきたのをまず知り、そして政策に反映されるよう、私たち一人ひとりからの投げかけが、今求められています。

 

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安田 菜津紀

安田 菜津紀

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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