アイオワ党員集会の投票結果の遅れによる波乱、トランプ大統領に対する弾劾裁判の無罪評決、そしてリアリティショーのような一般教書演説と、米大統領選挙関連のニュースが次々と話題になる中、いよいよこの秋に行われる大統領選挙に向けた闘いが本格化しつつあります。
海の向こうで起きているアメリカの大統領選挙ではありますが、世界の政治、経済、外交・安全保障に大きな影響力を持つアメリカが行う4年に1度の選挙の状況に注意を払うことは、国内の政治、選挙の今後のあり方を考察する上でも多くのヒントが得られるのではないかと思います。
今回は特に大統領選に向けてのキャンペーンに向けて欠かすことが出来ないコミュニケーション手段となりつつあるデジタルメディア戦略の活用状況に関して概観してみたいと思います。
2008年、2012年に大統領選で勝利したオバマキャンペーンのことをソーシャルメディア活用の輝かしい事例として記憶している人も多いと思います。ただ、2016年のトランプ大統領の誕生、そして2020年の再選に向けてのキャンペーンの状況を踏まえ、ソーシャルメディアを最も「効果的に」活用しているのはトランプ大統領とそのキャンペーンチームである、という認識が広がりつつあります。
選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ」がフェイスブックなどの利用者の個人情報を収集して展開したSNS上のターゲティング広告戦略、更にはロシアからの干渉、マケドニアの若者によるお金儲けのためのフェイクニュースサイトの暗躍など、海外からの干渉は今までも大きな話題になりました。ただその一方で、実はトランプ陣営の内部での「効果的な」ソーシャルメディア活用と、2016年の当選後に継続してそのデジタル活用に磨きをかけ、洗練させてきたことも、ここに来て注目を集めています。
例えば、2016年における各陣営のフェイスブックのターゲティング広告の活用状況を見てみましょう。2016年の6月から11月の間にトランプ陣営は4,400万ドル(約48.2億円)、ヒラリー・クリントン陣営は2,800万ドル(約30億円)を投じたと、ブルームバーグの記事はフェイスブック社の内部レポートを引用し述べています。金額としてはトランプ陣営が投じた額は1.57倍程度ですが、驚くべきことは閲覧者に応じて表示内容、メッセージ、画像、色などが異なる590万パターンにも及び広告を駆使したのに対し、クリントン陣営はたったの66,000パターン(約1%)だったそうです。
選挙戦後半の接戦州において相手陣営を貶めるネガティブなターゲティング広告メッセージがどこまでの役割を果たしたのかは、今日大きな問題となっているソーシャルメディア上の政治広告に対する厳しい規制に関する議論を生み出すことにつながっています。ツイッターは政治広告を禁止した一方で、フェイスブックは表現の自由を尊重する立場から政治広告を容認するスタンスを主張しています。
2016年のトランプ陣営のデジタル戦略を統括したブラッド・パースケール氏(@parscale)という人物がいます。かつて小さなウェブ制作会社を運営していて政治や選挙の経験が一切なかったにも関わらず、トランプ氏の経営する会社の不動産部門のウェブサイト制作の小さな仕事を受託したことをきっかけに、トランプ氏の信用を得て2016年のデジタル戦略を取り仕切るまでになりました。2016年の勝利への大きな貢献による手柄をきっかけに、今回は選挙対策本部長に昇格し、デジタル戦略をキャンペーン全体に拡大しています。
先週、米国アトランティック誌による「大統領再選のための10億ドル規模のディスインフォメーションキャンペーン(The Billion-Dollar Disinformation Campaign to Reelect the President)」というタイトルの記事が掲載され、米国の一部専門家の間で大きな話題になっています。ブラッド・パースケール氏がしかけるトランプ陣営のデジタル戦略が更に「進化」している様子が描かれています。
記事の中では以下のようなことが紹介されています。
・過去3年間のキャンペーン活動を通じて電話番号やメールアドレスなどの個人情報を収集した結果、全ての有権者につき3,000ものデータを保有していて、その人が銃を保有しているか、大学卒業資格を持っているか、ゴルフチャンネルを視聴するかなどの志向性を把握し、今後のターゲティング広告に活用する準備がある。
・トランプ大統領に敵対的な発言をするジャーナリストに対して過去のSNS投稿などを調べ、右翼系ニュースメディアなどと連携して批判を封じ込める試み(情報源:New York Times)
・フェイスブック活用のみならず今回の選挙戦では開封率の高いショートメールを活用することで寄付金集めや集会への動員への活用を予定している。
今後11月にの本戦に向けて、トランプ陣営のデジタル活用に関してはますます注目が集まる中で、キーパーソンとしてのブラッド・パースケール氏の動向や発言は注目する価値があると思われます。
一方の民主党のデジタル活用の状況はいかがでしょうか?先日のアイオワ州で行われた党員集会では新しく導入した集票アプリの不具合、運用の不手際などにより、開票後長い間混乱を引き起こしていますが、このような失態を通じて民主党のデジタル戦略の不用意さが象徴的に露呈してしまっているようです。
集票作業を効率化する目的で今回導入された集票アプリは実質2ヶ月間の納期で、費用も約63,000ドルで作成され、高齢者層の多い集票を担当するボランティアスタッフに使い方が指示されたのは投票日の数週間前、そして実際にダウンロードすることが出来たのは1,700もの区域の中の25%程度だったそうです。多くの人が電話で開票結果を本部に連絡したものの、電話対応をするスタッフが十分に用意されてなかったことで何時間も電話がつながらず、まさに大失態を引き起こすことになってしまいました。
このアプリの作成を担ったのが「シャドー(Shadow)」という2019年初旬に設立された会社で、創業者は元ヒラリー・クリントンキャンペーンでデジタル戦略を担当していたメンバーでです。シャドーへの出資を行い、こうした民主党の領候補のデジタル化に取り組んでいる、アクロニム(Acronym)という非営利団体があります。この団体にはかつてのオバマ氏やクリントン氏などの民主党系のキャンペーンでデジタル戦略に携わっていた人が数多く参画し、シリコンバレーやハリウッドなどのリベラル派投資家や著名人からの多額の寄付も取り付けています。7,500万ドルもの資金を調達し、デジタル戦略のコンサルティング、デジタル広告費を接戦州で投じ、トランプ再選をなんとしても阻止することを目標としています。
こうした背景には、2016年の大統領選において悔しくもトランプ陣営にデジタル活用で圧倒的な敗北を経験したにも関わらず、民主党陣営は十分に危機感を持ってデジタル戦略に取り組めてないことへのいらだちがあります。トランプ陣営が行っているような相手を中傷するようなターゲティング広告や動員手法を取るべきか、大きな岐路に立たされているようです。
大統領選の本番まではあと9ヶ月弱。今後どのような展開が繰り広げられるか、見つめていきたいと思います。
参照:
デジタルな不正行為(卑劣なふるまい)なく選挙に勝てるだろうか?(Can you win an election without digital skulduggery?)フィナンシャル・タイムズ 2020年1月10日
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