沖縄県では条例に基づいて、2月24日にアメリカ海兵隊の普天間基地の辺野古移設をめぐる県民投票が実施されることが予定されています。しかし、ここで思わぬことが起きています。それは沖縄市や宜野湾市などの保守系の首長を持つ5つの自治体が、県民投票の事務の執行を拒否することを表明し、投票執行の条件として、様々な要求を行いました。その結果、県民投票は「賛成」「反対」の二択から「どちらでもない」という項目を加えた三択となりました。今回は自治体が選挙の執行を拒否したり、政府が特定の自治体から投票権をはく奪したりというような、行政の判断により住民の投票する権利が制限された事例を紹介します。
沖縄県の県民投票については県条例によって定められています。そして、この県民投票の投開票の一部事務は市町村レベルの自治体が執行することになっています。このように県民投票の一部事務は市町村レベルの自治体が執行しますが、県で行われる投票のため、必要な費用は県が全て交付することになっています。しかし、5つの自治体はこの交付された経費の予算計上を議会が拒否しました。議会が拒否した場合は自治体の首長が独自の判断で予算計上ができることが法的に規定されていますが、5つの自治体の首長はこの予算計上をせず、選挙事務の執行を拒否することを表明しています。このため、これらの自治体では選挙事務が執行されない、つまり県民投票の実施がされない可能性が濃厚になっていました。しかし、この5つの自治体の動きを受け、県与党はこれらの自治体に県民投票の執行をさせるために、「賛成」「反対」の二択から三択にする方向に動きました。その結果、1月29日に「賛成」「反対」の二択から、「どちらでもない」を加えた三択にする条例改正案が可決されました。この結果、投票執行拒否をしていた5つの自治体は投票執行の方向に動き出し、全県で県民投票が実施される見通しとなりました。
今回の沖縄の一部自治体がしようとしていたように、市町村レベルの自治体が独自に選挙事務を拒否して選挙を執行しなかった事例が実は過去に一例あります。拙記事「市長選挙を実施したのに当選者ゼロ!誰が市長になった?本当にあった不思議な選挙シリーズ」で、紹介した2011年4月に行われた千葉県議会議員選において、浦安市選挙区が起きたのがその事例です。
この2011年はある大きな災害が起きました。それは3月11日の東日本大震災でした。この地震により、東北地方で予定されていた選挙は国会の定めた法律により、延期されるなど、大きな混乱を選挙にも及ぼしました。このときの千葉県議会議員選においては、このような法律は適用されず、通常通りに選挙が執行されるものと思われていました。しかし、浦安市は大半が埋め立て地で構成されていたため、大規模な液状化現象が発生し、深刻な被害を受けていました。このため、浦安市は選挙の執行が不可能であるとして、延期を千葉県に申し出ました。しかし、申し出を千葉県側は認めず、通常通り、選挙が告示されてしまいました。そして、浦安市選挙区では定数2に対し、3人が立候補し、通常であれば選挙戦が行われるはずでしたが、浦安市は独自に選挙の執行を拒否したため、選挙が行われませんでした。なお、最終的に浦安市は5月にこの選挙を執行しましたが、4月に立候補した人のうち、1人は体力、気力、金銭面で問題があるとして、5月の選挙には立候補を断念しています。
浦安市の事例は市町村レベルの自治体が選挙を執行しなかったことで、(後日投票はできたものの)、自治体のみの判断で住民が本来投票できる日に投票ができなかったというものです。しかし、拙記事「絶海の孤島「青ヶ島」に住むと選挙権が剥奪!日本一人口の少ない村に施行された特例とは」で紹介したように、東京都の青ヶ島村では政府の判断のみで、選挙権そのものが長期間はく奪されていた時期がありました。
公職選挙法第8条では「交通至難の島その他の地において、この法律の規定を適用し難い事項については、政令で特別の定をすることができる。」という規定がされています。これに基づいて、1945-56年という約10年もの間、東京都の青ヶ島村では政府の定める「政令」により、衆議院と参議院といった国政選挙や都知事、都議会選といった都政選挙の選挙権が全くない状態になっていました。これは青ヶ島が絶海の孤島であり、外部との人や物のやり取りが時として3か月以上なかったり、島外への連絡手段が不安定な無線電信しかなかったりという、青ヶ島特有の事情によるものでした。このような状態に対し、島民はたびたび選挙権を行使できるように請願を行いました。最終的に無線電話が青ヶ島に導入され、外部との安定した通信手段が確保されたことにより、青ヶ島村の国政と都政の選挙権がはく奪されていた状態は終わりを告げました。
今回紹介した日本政府や自治体などの行政の判断のみによって選挙権が制限された二例は、いずれも突発的な大災害が起きたり、極端なまで外部との連絡が困難であったりという、非常に極端な事情があった事例です。また、2011年の浦安市の判断も、1945-56年の日本政府の判断もあくまで、政府や自治体といった行政が判断しただけであって、これは裁判などによって争われ正当なものであると法的に示されたわけではない点も考える必要があります。
今回の沖縄県の各自治体が行おうとしていた住民投票の執行拒否は正当であると言えるものだったのでしょうか?個人的には浦安市や青ヶ島村で見られていたような選挙の執行をしない極端な事情の存在は薄いのではないかと思われます(さらに浦安市の場合は執行拒否後、選挙そのものは後日実施しています)。今回の執行拒否はあくまでそのときの自治体の首長やその自治体のその時の議会多数派の事情で、その自治体の住民に条例で法的に定められた投票の機会を奪いかねなかったとも取れる行為でした。そして、そのような手段を念頭に、県民投票を「賛成」「反対」の二択から三択にしたという行為には疑問符が残るものだったとも言えるのではないでしょうか。
個人的には、今回の執行拒否表明とそれによって、県民投票が三択になったことは、今回の県民投票だけではなく、今後、他の自治体で執行される住民投票にも影響を及ぼす可能性が高いと感じられます。
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