「民進党」と「希望の党」は合流に向けた協議を行い、新党の名前を「国民民主党」にすることを決定しました。
2016年まで存在した「民主党」は解党や新党の結成等を経て、民進党や立憲民主党、希望の党などが生まれました。政党が名前を変更する際や新党が結成される際に注目されるのはその党名。今回の「国民民主党」も賛否を呼んでいます。
そんな「党名」ですが、これまでも特徴的な名前の政党がいくつも存在しました。宇多田ヒカルさんは「国民の生活が第一」が結成された際には、
ついに政党の名前にもキラキラネームきたか…。こうなると『くまちゃんの肌触りは世界一』党の結成も夢ではないなおはようございくまぼんじゅーる“(`(エ)´)ノ彡☆ !!
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) 2012年7月12日
とTwitterで発言するなど、党名は発表の度に注目を集めます。そこで今回は、最近まで国会で議席を要していた政党のうち、印象的だったものをピックアップしました。
「生活の党と山本太郎となかまたち」は党名を現在の「自由党」に変更するまでの2014年12月から2016年10月まで使われていた党名です。
「生活の党と山本太郎となかまたち」は「日本未来の党」が2012年12月に「生活の党」に改称する形で発足しました。「生活の党」は2014年12月の衆院選では候補者を20人を擁立するも当選者が2名にとどまり、得票率も2%に達しなかったため、政党要件を失いましたが、無所属だった参議院議員の山本太郎氏が入党し、政党要件を回復しました。この際に名称を「生活の党と山本太郎となかまたち」と変更しました。なお、英語での表記は「The People’s Life Party & Taro Yamamoto and Friends」でした。2016年10月に現在の「自由党」へ名称を変更し、これにあわせてロゴマークや党則を変更しています。
現在は衆議院議員2名、参議院議員4名のほか、地方議員も所属しています。
「日本を元気にする会」は、2015年1月から2016年7月まで、国政政党として存在した政党です。現在は地方議員3名の政治団体として活動しています。
みんなの党が2014年11月28日に解散したことを受け、無所属となった参議院議員が中心となり、結成されました。
設立時のメンバーは、元みんなの党の松田公太氏、井上義行氏、山口和之氏、山田太郎氏と、次世代の党に離党届を提出していたアントニオ猪木氏の5名です。
特徴としては「比率賛否に応じた割合投票」を実践を目指していた点があげられます。これは、ネット上で党員の意見を聞き、それを実際の国会での法案賛否の際に反映させるとしたものです。国論を二分するような重要な法案について党員がネット投票を行い、日本を元気にする会が国会に10議席を有している場合、例えばネット上での意見が賛成60%・反対40%となった際には、党所属国会議員の6人が賛成票を、4人が反対票を投じるとしていました。
結成から約1年経った2015年12月に井上義行氏が離党届を提出したことで、国会議員が5名を下回ったため、国政要件を失いました。その後、参院選の3ヶ月前には山田太郎氏も離党し、2016年6月には松田公太氏が「政党助成法上の政党要件を失った責任を取る」として代表を辞任。7月に行われた参院選では候補者の擁立を見送りました。
「日本のこころを大切にする党」は党名を現在の「日本のこころ」に変更するまでの2015年12月から2017年2月まで使われていた政党です。現在は「国会議員が5名以上」または「国政選挙での得票率が2%以上」とする要件を満たしていないため、政治団体として活動しています。
「日本のこころを大切にする党」は、2014年に当時、橋下徹氏と石原慎太郎氏が共同代表を務めていた日本維新の会が分党し、「次世代の党」としてスタートしました。2015年の12月に「日本のこころを大切にする党」に党名を変更するも、参院選を経た2016年8月には党名が長すぎたため、認知度が低かったとして「日本のこころ」に変更しています。
党の基本方針としては自主憲法の制定を第一に掲げ、2017年には自主憲法草案を発表しています。
昨年9月には、当時代表を務めていた中山恭子氏が希望の党へ参加するために離党し、所属国会議員は参議院議員の中野正志氏のみとなりました。昨年行われた衆院選では当選者を出せず、得票率も2%に達しなかったため、政党要件を失い、現在は政治団体として活動しています。
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