※本記事は「山猫日記」の転載となります。記事内容は執筆者個人の知見によるものです。
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トランプ大統領が誕生しました。ほとんどのメディアも、識者も、クリントン氏有利を予想していたこともあり、歴史的な事件であるとの論調が世界中を駆け巡りました。米国大統領が持っている権力と、時代の雰囲気を作り出す能力は今なお絶大ですから、我々が時代の一つの転換点に立っていることは間違いありません。それは、かつてニクソン大統領がニクソンショックを通じて国際経済のあり方や冷戦構造に風穴をあけ、レーガン大統領が資本主義を再定義して冷戦を終わらせたことに匹敵する新たな時代が始まろうとしているのだろうと思います。
世界中の専門家が選挙戦の予想をしていたのに、ここまで大きな読み違えがあったのは、いくつかの要因が重なったからです。第一は、北部の民主党支持と思われていた州における人口動態や投票率を読み間違えたこと。第二は、世論調査が人々の本音を反映していなかったこと。そして、最大の第三は、偏見にとらわれてトランプ現象の本質を理解せずに都合の良い数字ばかりを追いかけていたことです。順に見ていきましょう。
今回のトランプ勝利を決定づけたのは、これまで民主党の地盤と思われていた北部の産業州です。筆頭格は、ミシガンでありオハイオ、ペンシルバニアです。逆転劇を支えたのは、トランプを支持した白人層の投票率が大幅に上昇し、マイノリティーのそれが伸び悩んだことです。米国製造業の不振を直接的に受けてきたこれらの地域の有権者を不満のエネルギーをクリントン陣営も、メディアも予想できませんでした。民主党の牙城と思われていた労組票も離反したようですから、影響は今回の選挙を超えて続くでしょう。これまで、共和党が南部と中西部、民主党が北東部と太平洋岸と北部という組み合わせで戦われてきた米国政治が構造的に転換する可能性を秘めているのです。
第二は、専門家が分析の糧としていた世論調査が人々の本音を反映していなかったということです。より大きくは、専門家やエリートが国民から遊離してしまっているということかもしれません。8年間の民主党政権を経て、米国民は変化を求めており、最大の関心事は経済政策でした。ところが、クリントン陣営は民主党内の雰囲気を反映して、ひたすら大企業バッシングと金持ち批判を繰り返すばかりで建設的な政策を打ち出せない。多様性を重視する分配策ばかりで米国経済がどのようにして稼いでいくかというメッセージは極めて曖昧でした。
終盤に飛び出した女性蔑視発言を取り上げ、もはや勝負あったかのように報道したのも間違いでした。結果的にはトランプ氏は一定の女性票も集めています。思うに、トランプ氏が女性差別主義者であることは、有権者も織り込み済みです。それは現代の米国社会を反映しているに過ぎないわけで、リベラルを気取っている識者にも女性差別主義者はいくらでもいるわけです。有権者が、女性蔑視発言について聞かれて否定的に答えるの当然で、むしろ、何が一番大事な論点なのかを最後まで理解できなかったのではないでしょうか。クリントン陣営が、正攻法をたらず、トランプ氏の資質に焦点を絞ったのも戦略ミスでした。
第三の、そして、最も本質的な見誤りは、トランプ現象の核心を理解できなかったことです。トランプ氏の勝利を、グローバリズムに対する否定であるとか、自らの地位が掘り崩されている白人層の逆襲であるなどと理解する向きがありますが、極めて一面的な理解と言わざるを得ません。
トランプ現象とは、その本質において、保守的なレトリックで中道の経済政策を語ることなのです。それによって、伝統的な共和党支持層を取り込みつつ、新しい有権者の獲得に成功したわけです。辻褄が合わないところも、一貫性がないところもあるけれど、保守的なのはレトリックであって政策ではありません。エリートのほとんどは、この点をいまだに理解していません。トランプ氏について、移民排斥、女性蔑視、イスラム恐怖症、マイノリティー軽視などの過激発言が注目されてきましたが、トランプ氏は同時に、高齢者福祉は不可侵であり、公共事業の大盤振る舞い、一部の投資所得への増税を公約しています。これは、「小さな政府」が金科玉条の従来型の共和党候補から出てきません。トランプ現象を、白人貧困層の不満の捌け口に過ぎないと切り捨ててきたエリートは、この点は見誤っているのです。事実、トランプは白人中上位層からも幅広い支持を得ています。
もちろん、トランプ氏への支持が集まった大きな要因には、米国の既存の政治への深い絶望と怒りがあります。弱者やマイノリティーの待遇改善を掲げながら何十年にもわたって結果を出せてこなかった民主党には、「貧困ビジネス」と言われてもしょうがないダークな部分が存在します。包括的な移民改革を実行すると約束しながら、いつまでも解決できない。半分邪推も含めて、移民政策が存在し続ける方が、その点に敏感なヒスパニックの支持を民主党につなぎとめられるという声さえ聞かれる始末です。それは、民主党だけでなく、民主党の大統領とよろしくやってきた共和党議会の幹部たちにも向けられる批判です。
経済政策については、一貫してトランプ支持が上回っていました。雇用改善を最優先する立場からNAFTAやTPPを攻撃し保護主義的な立場を取っています。経済がグローバル化している中で、貿易政策で逆コースを取ることの実現可能性には疑問があるでしょうが、法人税を15%へと大胆に引き下げるインパクトは絶大でしょう。米国企業が海外に滞留させている資金を一回限り10%の法人税で還流させる政策は米国経済を空前の好景気へと導くのではないでしょうか。忘れてはならないのは、米国経済に厳しい面はあるものの21世紀のリーディング産業におけるリーディングカンパニーはほとんどが米国系企業であるということです。これらは、米国民からすれば極めて合理的な政策です。
外交については、米国のフリーハンドを確保することに注力すると思われます。外交のプロ達が重視してきた経緯論はいったん脇に置いて、米国に課せられている足枷から逃れたいということです。アメリカ・ファーストの観点で、国内政治を意識しながらゼロベースで考え、タフに交渉するするスタイルです。当然、うまくいく分野もあれば、そうでない分野もあるでしょう。
トランプが初の本格的な政策演説でトランプ外交の骨子を明らかにしたとき、繰り返し強調されたことは、「平和」という言葉でした。冷戦後の米国外交は、無原則に現実を積み上げ、無益な国際紛争に介入して米国の国益を損なったと。同盟国は、米国が提供する安全保障の上に胡坐をかき、責任とコストの分担が十分でないと。米国はもちろん、世界中の外交エリートたちは戦々恐々としているはずです。が、レーガン大統領が当選したときも、この世の終わりであるかのような言説が飛び交いました。
レーガン政権では、カリフォルニアやテキサス等から「カウボーイ達」が大量に政権に参画しました。彼らは、ビジネス界や軍での経験を生かしてそれまでの常識を次々と塗り替えていきます。もちろん識者によって評価は分かれますが、経済分野では規制緩和を進めて90年代の繁栄の基礎を築きました。世界の現実に合わせて日独に負担を求めたことで、国際経済秩序はより多極化し、より安定しました。安全保障分野では、ソ連への強硬姿勢を明確にし、新冷戦という新たな緊張を生んだものの、米軍の犠牲には一貫して慎重でした。新たな軍拡の負担に耐えられなかったソ連は経済が崩壊し、結果として、冷戦の終結を早めました。
トランプ外交に不安がないなどと言いたいわけではありません。ビジネスマンならではのボトムライン思考で外交に短期的・数値的な成果を求めれば摩擦はあるでしょう。日本の立場からすれば、日米安全保障条約上の日本防衛義務を本当に果たす気があるのか不安が残るところです。中国や北朝鮮と交渉して、米国の国益を確保する中で日本の国益が捨て置かれることもあるかもしれない。トランプ大統領の外交を一言で表すとすれば、「意気揚々と撤退する米国」ということになろうと思います。
そんなトランプ大統領のアメリカに対して日本にできることは、自分で考えて、自分で立って、自分で行動することです。相手はビジネスマンであり、自信満々のディールメーカーです。「これまでの経緯」を懇切丁寧に説明しても、双方に利益を見出せるようでなければ相手にされません。急にシッポを振っても軽蔑されるのが落ちです。東アジアで最重要の同盟国として、アジアで最大の先進国の市場として、日本と向き合う日は来るのだから、腰を落ち着けて対処すればいいのです。
これまでの経緯ではなく、米国から世界がどのように見えているのか、その基本に立ち返るべきです。トランプ氏の中国に対する脅威認識は主に経済的なものであり、安全保障の観点ではほとんど脅威に思っていません。その点は、南シナ海有事や尖閣有事を想定したときにしっかり認識しておくべきことです。東アジアで最も大きな危険を孕んでいる朝鮮半島有事において米軍に犠牲の多い作戦にコミットする気があるのか。コミットする気がないとすれば、トランプ大統領の任期の間に北東アジアの枠組みは大きく変化する可能性があると思っています。
日米同盟の文脈では、「日本が攻撃されたときに米国は戦うのに、米国が攻撃されたときに日本人は助けに来ないのか」との質問にどのように答えるのか。あるいは、「米軍が駐留しなかった場合に日本の安全保障にかかるコストはいくらで、日本はいくら得をしているのか。そうだとすれば、何故その分を払わないのか」との質問にどのように答えるのか。私は、事態を直視せずになし崩し的に思いやり予算を増やすよりは、限られた予算の中でも、日本がやれることは日本がやりますと言って、米国の責任を一部分担し、通常兵力を増強するべきと思っていますが、果たして、そのような決断ができるか。
TPPについても、米国が批准する可能性がないから、日本は様子を見ようなどと言っていては足下を見られるだけです。TPPは、曲がり角にきているグローバル経済を今一度活性化させるためにモノの貿易に加えてサービスの領域や経済規制の領域に踏み込もうという試みです。環境や、労働や、公共入札などの分野で日米が主導して、国際的な標準を作り東南アジア市場を開放していくことが目的です。米国内を意識しているトランプ大統領に一定の「勝ち」を与えながら、したたかに米国市場へのアクセスを維持し、東南アジア市場へのアクセスを拡大するのです。その枠組みにTPPという名前がついているかとは別に、当初から日本の国益であった果実を取りに行かなければいけません。
米大統領が誰になり、どんな政策を展開するかは日本にとってとても重要です。しかし、日本には、日本が独自に解決すべき問題がいくらでもあります。他国の大統領の暴言を気にしている場合ではありません。日本は、難民を排斥する以前にほとんど受け入れていない国ですし、女性蔑視の発言が平気で横行する国なのですから。日本にできることは、責任ある安全保障政策を追求し、国際的な経済秩序を積極的に提案し、必要な経済改革を自らやってのけることです。当たり前のことを当たり前にやればいいのです。
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