さとう しゅういち ブログ
福山大空襲81年──「受忍論」を超えて、民間人のいのちをどう守るのか
2026/8/8
福山大空襲81年──「受忍論」を超えて、民間人のいのちをどう守るのか https://www.youtube.com/live/aChB0VVf-Ow?si=MFKNC3IEazoiPKou @YouTubeより
福山大空襲81年──「受忍論」を超えて、民間人のいのちをどう守るのか
1945年8月8日、本社佐藤の故郷・福山市は一時間余りの爆撃で市街地の八割を焼失した。
広島原爆の二日後、長崎原爆の前日──「原爆の週」に起きた地方都市空襲である。
人口六万人弱の中小都市が、焼夷弾によって面的に焼き払われた。
軍需工場が点在していたとはいえ、生活の場が一瞬で奪われた事実は重い。
特筆すべきは、福山空襲が 予告ビラ散布後に行われた ことである。
市民は危険を知りながら、避難の自由も手段も乏しかった。
それでも日本政府は降伏を決断していなかった。
そのため福山の惨禍は「避け得たはずの被害」として、
当事者の胸に深い痛みを残した。
福山出身者が、救援のため入市し被爆した例も少なくない。
「広島で生き延び、福山で焼かれる」──
この二重の被災構造は、戦争が個人の人生をどれほど翻弄したかを物語る。
終戦直前、日本各地で空襲が相次いだ。
岩国、光、熊谷、秋田、京橋──いずれも敗戦前日から当日にかけての出来事である。
軍事的必然性よりも、戦争を終わらせるための心理的圧力が色濃い。
「もう終わるはずなのに、なぜここまで焼かれたのか」。
福山大空襲は、その問いを今に残している。
◆ 国は「戦争被害は等しく受忍すべき」として補償を拒んできた
戦後、日本政府は空襲被害について一貫して
「戦争被害は国民が等しく受忍すべきもの」
という立場を取ってきた。
そのため、空襲被害者への補償は国レベルでは行われていない。
しかしこの論理は、戦前の国家観を引きずったままのものだ。
戦争指導の失敗が国民の被害を招いたにもかかわらず、
国家が責任を負わないという構造は、民主国家として成立しない。
その中で、世田谷区が独自に空襲見舞金制度を創設した。
https://www.city.setagaya.lg.jp/documents/23890/7minnkannkuusixyuuhigaisixyamimaikinn.pdf
国が避け続けてきた問題を、自治体が先に直視した象徴的な出来事である。
◆ 現代日本は「反撃される可能性」をほとんど議論していない
今日、日本は長射程ミサイルを導入し、
敵基地攻撃能力を持つ国となった。
台湾有事で米軍と共同作戦する可能性も高い。
その場合、中国は「自衛権の行使」として日本を攻撃し得る。
在日米軍基地や自衛隊基地が標的となり、都市部にも被害が及ぶ可能性は現実的だ。
民間人が犠牲となる事態は、決して想像の産物ではない。
にもかかわらず、政府は
「反撃された場合の民間人補償制度」
をほとんど議論していない。
これは、戦争をする権限だけ拡大し、
戦争で国民が死んだ場合の責任を設計していないという、
危うい国家運営である。
◆ 中東出兵でも同じ危険がある
台湾だけではない。
もし日本が米国の要請で中東に自衛隊を派遣すれば、
イスラム系武装組織から日本が“交戦当事国”と見なされる可能性は高い。
その結果、日本国内で民間人が犠牲となる事態も十分に起こり得る。
国際安全保障の常識として、
米軍と共同作戦を行う国は、ほぼ例外なく敵対勢力から報復対象になる。
日本だけが安全圏でいられるという発想は、現実から完全に外れている。
それにもかかわらず、政府はこのリスクをほとんど議論していない。
◆ 民間人のいのちを守る制度設計が必要だ
福山大空襲81年の今日、私たちが問うべきは
「戦争で民間人が犠牲となったとき、国家は何をするのか」
という一点である。
戦争は国家の判断が遅れれば遅れるほど、
地方の生活者にしわ寄せが集中する。
福山の惨禍は、中央の意思決定の遅延が地方都市を焼き尽くしたという、
厳しい教訓を示している。
現代日本は、戦争に巻き込まれる可能性を抱えながら、
民間人補償制度を持たないという危険な状態にある。
「受忍論」を超え、
国家が国民のいのちにどう責任を負うのかを、
制度として明確にする必要がある。
戦争の記憶は広島や長崎だけではない。
福山の空は、地方都市が背負わされた戦争の重さと、
未来の戦争に向けて私たちが直視すべき課題を静かに語り続けている。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男