さとう しゅういち ブログ
イラン封鎖と日本の専守防衛 ――右派と左派の不毛を越えて、“中庸の防衛”を再構築する
2026/7/14
**イラン封鎖と日本の専守防衛
――右派と左派の不毛を越えて、“中庸の防衛”を再構築する**
■ホルムズ海峡封鎖:国際法と自衛権の狭間で
イランが米軍・イスラエルの攻撃に対抗し、ホルムズ海峡の通航を制限した。
国際社会は「航行の自由」を掲げて批判するが、イランはこれを自衛権の行使と主張する。
国際海峡には通過通航権があるため、全面封鎖は違法とされる可能性が高い。
しかし、イランは交戦国から攻撃を受けており、軍事補給路を遮断する行為は自衛措置として一定の合理性を持つ。
この二つの原則が正面衝突している。
■日本が同じ状況に置かれたら
たとえば――
ロシア艦隊が対馬海峡を通過し長崎を攻撃
中国海軍が山陰へ侵攻するため対馬海峡を通過
この場合、日本は憲法9条の下でも個別的自衛権を行使できる。
そして政府の従来解釈では、対馬海峡封鎖は専守防衛の範囲とされてきた。
つまり、イランの論理は日本の専守防衛と構造的に同じである。
■イラン批判が日本の専守防衛を弱める
日本がイランの封鎖を「全面的に違法」と断じると、
将来日本が対馬海峡で同様の措置を取った際に、国際社会からこう問われる。
「日本自身がイランの自衛的封鎖を批判していたではないか」
これは日本の専守防衛の正当性を弱める。
外交とは、他国の行動を批判することで自国の選択肢を狭める危険を常に孕む。
日本政府が今回の戦争で玉虫色の慎重な姿勢を取った理由はまさにここにある。
■右派と左派の不毛な構図
●右派:米国の尻馬に乗る「攻撃的防衛」
右派の一部は、
米国の敵=日本の敵
米国が攻撃するなら日本も支持すべき
という従属的安全保障に陥っている。
これは専守防衛とは真逆で、
日本の防衛論を米国の軍事行動に従属させる危険な発想。
●左派:防衛そのものを忌避する「反軍事の自動反応」
左派の一部は、
武器=悪
軍事=悪
自衛隊=悪
という反軍事の自動反応に陥る。
これも専守防衛とは異なる。
専守防衛は「必要な防衛力は持つ」という前提があるのに、左派はその前提すら拒否する。
●結果:不毛な二項対立
右派:攻撃的防衛
左派:防衛忌避
この二つが互いを罵倒し合い、
本来の専守防衛という“中庸のリアリズム”が消えてしまった。
■専守防衛とは本来「中庸のリアリズム」だった
専守防衛は、
攻撃はしない
しかし必要な防衛力は持つ
海峡封鎖などの防衛措置は当然あり得る
自衛隊の待遇改善や災害協力も重視
という、極めて現実的な防衛概念だった。
本紙が提示している立場――
防衛は必要、しかし攻撃兵器は慎重に、自衛隊の労働権を守り、災害協力を重視する
これは本来の専守防衛のど真ん中である。
しかし今の日本では、この“中庸の防衛”を語れる政治家がほぼいない。
■広島から見える「海峡防衛」の現実
瀬戸内海に生きる私たちにとって、海峡は単なる地理ではない。
海峡は国家の喉元であり、物流・エネルギー・食料供給の生命線だ。
広島・山口・九州の生活に直結する。
イランの封鎖問題は、日本の海峡防衛の未来を映す鏡でもある。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男