さとう しゅういち ブログ
広島瀬戸内新聞・歴史コラム 「白村江の影は、いまも日本政治を揺らしている」
2026/5/20
📰 広島瀬戸内新聞・歴史コラム
「白村江の影は、いまも日本政治を揺らしている」
古代の一大敗戦──白村江(663年)。
倭国が唐・新羅連合軍に壊滅的敗北を喫し、
国家の存亡すら危ぶまれたこの事件は、
実は現代日本の政治文化の深層にまで影を落としている。
その中心にいたのが、女帝・斉明天皇である。
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■ 倭国の“首都”は九州にあった
白村江の頃、倭国の重心は福岡県朝倉を中心とする九州北部にあった。
瀬戸内海はその後背地であり、広島は九州政権と畿内政権をつなぐ中継地だった。
この九州政権が白村江で崩壊し、
倭国の中心は筑紫から近畿へ移動する。
日本国家の形が大きく変わった瞬間だった。
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■ 斉明天皇は“敗戦の象徴”として描かれた
『日本書紀』は斉明天皇を、
- 土木狂い
- 失政の象徴
- 白村江敗戦の元凶
として描くが、これは後世の政治的編集が強い。
実際には、
- 白村江の敗戦は斉明の死後
- 斉明は国家事業を推進した有能な統治者
- 九州出陣は国家防衛のための合理的判断
という側面が強い。
しかし、歴史物語としては
「女性天皇の時代に国が乱れた」
というイメージだけが残った。
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■ 左派の不安:アジア外交の失敗=白村江の再来
現代の左派が、女性総理のアジア外交に対して
「中国との衝突を招くのではないか」
と懸念する背景には、
白村江の“外交失敗→軍事敗北”の記憶が潜んでいる。
- アジアとの協調を失う
- 大国との衝突
- 国家の危機
という歴史的パターンが、
無意識のうちに参照されているのだ。
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■ 右派の不安:女性天皇=国体崩壊の再来
一方で右派は、女性天皇に対して
「国体が揺らぐ」と反応することがある。
これは、
斉明天皇=国家危機の象徴
という『日本書紀』的物語が、
千年以上にわたり政治文化に沈殿しているためだ。
実際の斉明天皇は有能だったにもかかわらず、
“女性天皇=危機”という構図だけが残った。
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■ 左右の不安は、同じ古代トラウマの別表現
興味深いのは、
左派と右派の不安は対立しているようで、
実は同じ歴史的トラウマから生まれている点だ。
- 左派:外交失敗 → 白村江の再来
- 右派:女性天皇 → 国体崩壊の再来
どちらも、
「斉明天皇の時代=倭国の危機」
という深層物語を無意識に引きずっている。
日本政治の“心の奥底”には、
古代の敗戦の影がいまも残っている。
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■ そして広島は、その歴史の通り道にあった
福岡県朝倉(斉明の最期の地)から
愛媛県西条市朝倉(斉明地名)へ向かうルートの中間に、
広島・安佐南区沼田町戸山「天皇原」がある。
広島は古代、
倭国の危機と再編の通り道だった。
そして近代、
日清戦争では臨時首都となった。
歴史は繰り返すのではなく、
地理が歴史を呼び寄せるのかもしれない。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男