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赤報隊事件  あれから39年 

2026/5/16

赤報隊事件  あれから39年 
87年5月3日兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局でいわゆる赤報隊事件が起こって今年で39年となる。当時の支局の建物は新しくなったが3階は事件の資料室となり事件発生日の5月3日には一般公開され亡くなった小尻記者の実際の衣類や脅迫状に使われた物と同型のワープロなどが展示されている。毎年多くの人が記者の追悼を兼ねて多くの見学者が訪れている。小尻智博記者は広島の呉出身だった。

赤報隊事件とは
 事件の発端は87年1月24日東京築地の朝日新聞本社にて散弾銃が撃ち込まれたが、発見が遅れたためすぐに事件化されなかった。そして87年5月3日西宮支局にて目だし帽を被った男が現れ夜間当直だった小尻記者に向け散弾銃を撃ち、小尻記者は至近距離で被弾したため弾が体内で開き心臓などをズタズタにされてしまう。さらに犬飼兵衛記者にも当たったが胸ポケットにあった財布やペンが盾となり指を落としたが一命を取り留めた。その場にいた高山顕治記者には弾切れなのか何もせず立ち去った。2人は病院に搬送されたが小尻記者は蘇生不可能な状況となり家族が着くまで生命維持装置で延命することしか出来なかった。

未解決のまま時効に
 その後赤報隊と名乗る者から犯行声明文が届いた。過去に実在した赤報隊とは幕末に相楽総三なる人物が薩長に呼応する形で農民に「年貢半減」を約束し支持を得たが偽官軍と断定され主だった者は新政府軍に処刑されている。彼らは「すべての朝日新聞社員に死刑を」等と書いておりその後名古屋支局の寮に発砲や静岡支局への爆破未遂等数件の事件。他にも数件の脅迫事件を起こしたが警察は広域指定事件として捜査したが03年にすべての事件が時効となってしまった。
この事件に対して朝日新聞を含めた言論界は多くのキャンペーンを展開しまた独自に犯人に迫るべく努力をしたが残念ながら真相に迫る記事を書くことは出来なかった。87年当時グリコ森永事件や山口組と一和会の抗争、霊感商法問題など多くの大事件が進行中であり警察やメデイアがリソースを割けなかったことも否定出来ない。また時の流れによる事件の風化も進行している。事件で一命を取り留めた犬飼兵衛記者や当時の大島二郎支局長(元新聞労連会長で犯人の本命説がささやかれた)も鬼籍となり高山記者も定年で今年朝日新聞を去る。
言論を暴力で封殺するという許しがたい事件なのだが、なぜ?と言う疑問も残る。事件を担当した西宮警察は時効後も情報は収集をしているし、事件特命班のキャップだった朝日新聞の樋田毅元記者は定年退職後のいまも取材を続けている。

犯人には迫れたのか?

警察は逮捕に至らなかったがある程度まで追うことは出来たが、当時を扱ったテレビ番組で警察関係者は刑事、公安ともに「異様な事件」として振り返っていた。

 警察は右翼に的を絞って捜査したが解決には至らなかった。いくつか取り上げると支局近くに幕末の赤報隊の相楽総三の末裔が在住しており「もしや」と思われたが無関係だった。
 また旧統一協会との関連が指摘されていた。朝日新聞が同会の関連団体が行う霊感商法のキャンペーンなどで対立していた。警察も同会の関係者に銃砲店関係者もいたため追ったが途中で上層部からストップがかかった。証拠は決定打に欠けこちらも解決につなげることは出来なかった。

 また脅迫状には知性的にレベルの高さがうかがえるがそのルートから新右翼が疑われたことがある。反米的な考えを持つ右翼で活動も街頭では無く自分たちで出す論談誌による意見発表に軸足を置いているのでメンバーの多くは一流大卒である。だが新右翼の鈴木邦男氏(故人)は「あり得ない(もし)自分だったら確実に捕まっている。第一仲間に猟銃撃てるとか武闘訓練受けたなんて者など一人もいない」とテレビで答えていた。

また個人的な話だが私の妻の恩師が疑われたことがある。そのA先生は大阪の中学校の社会の先生で休日には右翼の勉強会を主宰していた。実は68年に京都の国立近代美術館のロートレック展の期間中にマルセルの絵が盗まれる事件があった。ところが75年に事件が時効となり76年にある老夫婦が「知人から預かった絵画が盗まれたマルセルに似ている」という知らせが老夫婦の人脈から朝日新聞の関係者にあった。聞けばA先生から事件直後に保管を頼まれ時効後ひょんな事で中身を見て驚いたとのことで、朝日の美術部を通して専門家に鑑定を依頼したら盗まれた絵画とわかり無事フランスに返却された。A先生は事情を聞かれ「自分も知人から預かった。誰かは言えない」という回答で時効になっていたためそれ以上は聞けなかった。 他方右翼の学習会で「(朝日新聞)事件は義挙(正しい行い)」と話し朝日への逆恨みがありもしやと思われ、A先生が任意の事情聴取に応じなかったため警察は犯人が脅迫状に残した指紋を頼りにA先生が飲み捨てた缶コーヒーの缶を回収するなどして証拠を取ろうとしたが、不運にもA先生は数百万人に一人と言われる指紋のない人間だったためこちらも犯人つなげられなかった。

 また朝日新聞の特命チームは元右翼団体のある男を追っていた。その人物は元自衛官で退官後アフリカへ渡り現地の民族紛争に傭兵として参加していた。帰国後右翼団体で活動し朝日新聞の事件を肯定するような言動があった。その後行方が分からなくなったが得度を受け僧侶として滋賀で暮らしていたが、ストーブの一酸化炭素中毒で死亡、事件性はなかった。

未解決に繋がった手違いが初期に
 またテレビなどの犯罪の評論で知られる元兵庫県警の刑事の飛松五男氏は事件発生日、兵庫県警の機動捜査隊の当直だった。飛松氏は管轄の西宮署へ行き「極右か暴力団の犯行で

すぐに名神高速と阪神高速での検問実施を具申したが署にいたキャリア幹部が『前月にあった芦屋市長選挙の怨恨だ。国道2号線芦屋方面への検問をやれ』と言われた」と自著で明かしている。私は事件当時芦屋に住んでいた。市長選挙は確かに泥沼化したが深い怨恨になるようなことはない。仮にそうだったとしても記者を殺害する理由がないのだが・・

内容は割愛するが、グリコ森永事件、三億円事件と大きな未解決事件は必ずと言っていいほど初期段階に「ボタンの掛け違い」が出ている。この事件もそうだったのだ。  ただ言論を暴力で封じた事件だけに禍根は大きい。もう犯人に法の裁きを受けさせることは出来なくなったが何とか真実にたどり着いてほしいものだ。

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著者

さとう しゅういち

さとう しゅういち

選挙 広島県議会議員選挙 (2023/04/09) 2,673 票
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広島市安佐南区選挙区

肩書 介護福祉士・元広島県庁職員・広島瀬戸内新聞社主
党派・会派 庶民革命ひろしま
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