2026/4/22
皆さん、こんにちは。
今日は、国会で議論されている「国家情報局法案」について、市民の立場からお話しします。この法案については、さまざまな報道や専門家の分析で、二つの大きな懸念が指摘されています。
一つは、市民の監視につながるおそれ。
もう一つは、透明性が確保されず、恣意的な運用が起きかねないという点です。
しかし、同時に私たちが直面しているのは、偽情報や誹謗中傷が広がり、被害を受けた市民が救済されにくいという現実です。民事で争おうとしても、弁護士費用が高く、裁判に勝っても費用倒れになる。「やったもの勝ち」の構造が放置されているという指摘もあります。わたし自身、2023年県議選を前にした日本共産党系活動家の誹謗中傷に対して情報開示請求をし、24年11月までに勝利的和解に持ち込みました。だが損害賠償よりも費用の方がはるかに大きくなっています。
では、どうすればいいのか。ここで参考になるのが、ヨーロッパで導入された「デジタルサービス法」という仕組みです。これは、国家が言論の中身に介入するのではなく、プラットフォーム企業に透明性を義務づけ、市民が自分の権利を守りやすくする制度です。たとえば、削除や凍結の理由を利用者に通知すること。アルゴリズムの仕組みや、誤って削除した件数を公開すること。そして、政府から独立した監視機関が、企業の運用をチェックすること。こうした仕組みが整えば、国家が言論に介入する必要はなくなります。日本でも、こうした方向で制度を整えることができます。
国家情報局のような治安機関に、国内の言論や市民団体の活動を扱わせるのではなく、透明性と独立性を軸にした「市民のための監視機関」をつくる。そして、民事救済を使いやすくするために、費用補助やオンライン手続を整える。これなら、権力の恣意的な介入を防ぎながら、偽情報や誹謗中傷の被害も減らすことができます。いま必要なのは、「国家が強くなる仕組み」ではなく、「市民が守られる仕組み」です。
偽情報は外国からだけではありません。国内でも、政治的立場に関係なく、さまざまなデマが流れ、市民生活に影響を与えています。だからこそ、国家の治安機関ではなく、透明性と独立性を備えた制度で向き合うべきだと、多くの専門家が指摘しています。私たち市民が求めるべきは、監視ではなく、透明性。統制ではなく、手続きの公正さ。そして、誰もが安心して声を上げられる社会です。広島から、そのことをしっかりと伝えていきたいと思います。ありがとうございました。
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ホーム>政党・政治家>さとう しゅういち (サトウ シュウイチ)>国家情報局法案・・監視国家にしないために ──偽情報対策は“治安”ではなく“透明性”で