さとう しゅういち ブログ
チェルノブイリから40年、福島から15年──「熱さ」を忘れない社会であるために
2026/4/20
チェルノブイリから40年、福島から15年──「熱さ」を忘れない社会であるために
1986年のチェルノブイリ原発事故から、まもなく40年を迎える。
当時、日本では「社会主義国だから起きた事故だ」と説明されることが少なくなかった。しかし、その後の日本で相次いだ原子力事故の歴史は、その思い込みがいかに脆いものであったかを突きつけた。
1995年の高速増殖炉もんじゅナトリウム漏れ事故、1997年の動燃東海村火災爆発事故、1999年のJCO臨界事故。JCOでは二人の作業員が亡くなり、現場の手順と組織の安全文化の欠如が明らかになった。2004年の美浜原発3号機事故では、老朽化した配管の破損により4人が死亡した。2007年の新潟県中越沖地震では、放射能漏れこそなかったものの、原発が地震に対して脆弱である現実が露呈した。
そして2011年3月11日。
巨大地震と津波により福島第一原発は全電源を喪失し、深刻な事故に至った。2006年の国会で「全電源喪失の危険性」が指摘されていたにもかかわらず、十分な対策が取られなかったことは、国会事故調でも記録されている。
あれから15年。
社会は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」状態に陥っていないだろうか。
確かに、中東情勢の緊迫化で石油供給の不安定化が懸念されている。しかし、原発がその代替となるかは別問題である。ウラン燃料も輸入に依存し、採掘現場では健康被害が報告されている。さらに、原発事故の最終責任主体が曖昧なままという制度的問題も残る。福島第一原発事故をめぐる裁判では、国の責任を認めない判断が続いている。
本日4月20日、三陸沖でM7.5の地震が発生した。
日本海溝・千島海溝沿いで連動型の巨大地震が起きれば、東日本大震災を上回る規模になる可能性が指摘されている。青森県内の原発や六ヶ所村再処理施設がその影響を免れる保証はない。
加えて、近年は原発が戦争の脆弱点となる事例が相次いでいる。チェルノブイリ原発は占拠され、ザポリージャ原発は砲撃を受けた。国際法で原発攻撃は禁止されているが、戦争は必ずしも国際法を守る主体によって行われるわけではない。原発は「事故」「地震」「戦争」という三重のリスクを抱える時代に入った。
一方で、エネルギーの選択肢は広がっている。
AIによる電力需要増が懸念される一方、蓄電池との組み合わせによるピークカットの可能性も指摘されている。再生可能エネルギーは、ソーラーシェアリング、地熱、小水力、既存ダムの活用など、地域と共存し得る余地が大きい。問題は、住民合意を欠いた乱開発や不当な労働慣行であり、再エネそのものではない。
チェルノブイリから40年、東日本大震災から15年。
そして今日もまた、大きな地震が起きた。
歴史の教訓を社会の知恵に変えられるかどうかが問われている。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」社会では、次の世代に責任を果たすことはできない。
地震国である日本が、どのようなエネルギー政策を選び、どのような安全保障観を持つのか。
その議論を避けず、事実に基づき、冷静に積み重ねていくことが求められている。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男