さとう しゅういち ブログ
「イラン革命」の教訓と「高市革命」の行方
2026/2/27
「イラン革命」の教訓と「高市革命」の行方
1979年のイラン革命は、米国に強く依存したパフレヴィー国王の独裁体制に対し、商人、学生、労働者、そして多くの女性が怒りを爆発させて起きた。右派・左派のどちらにも分類しにくい、当時としては新しいタイプの革命であり、強いて言えば反グローバリズム的な性格を帯びていたと言える。
背景には、1953年に民主的なモサデグ政権がCIAの関与で倒され、国王による強権統治が続いたことがある。国王は女性の権利向上など一定の改革を進めたが、その恩恵は都市部や富裕層に偏り、秘密警察による弾圧は続いた。こうした矛盾が蓄積し、ついに革命へとつながった。
しかし革命後、主導権は宗教界のホメイニ師に移り、国王時代に進んだ女性の権利は後退した。外交面でも主要国の多くがイラク側につき、イランは孤立を深めた。イラン・イラク戦争終結とホメイニ師の死後は、選挙による改革派政権も誕生し、女性の権利改善や外交的孤立の緩和に向けた動きも徐々に進んでいるが、依然として課題は多い。
現代日本における「高市革命」という視点
現代日本に目を向けると、高市総理の登場は、従来の自民党総理とは異なる社会的背景を持つ点で注目される。安倍氏や岸田氏ら「男性の世襲政治家」と異なり、「庶民家庭の女性」という出自は、階級間の権力移動という意味で「革命」と呼びうる側面を持つ。総裁選で典型的な世襲の新自由主義グローバリストである小泉進次郎氏を破ったことも象徴的だ。
ただし、革命が「良い結果」をもたらすかどうかは別問題である。高市総理は新自由主義的グローバリズムに批判的な無党派層も取り込み圧勝したが、その後の政策運営には「革命の横取り」とも言える兆候が見られる。
たとえば、期待を寄せて自民党に投票した有権者が多いにもかかわらず、減税どころか防衛増税が議論され、高額療養費制度の改悪も十分な説明なく進められている。
外交的孤立の危険性
さらに懸念されるのは、世界の多極化に対応できず、1980年代のイランのように外交的孤立を深める危険である。防衛費を増やしても、防衛装備品の輸出を進めようとすれば、中国から部品や素材を調達できない可能性が現実化している。中国が警戒する相手に軍事転用可能な物資を供給しないのは当然であり、日本自身も防衛装備移転三原則を持つ。
一方で、トランプ大統領にいくら頭を下げても、近年の日中緊張の中で日本のために積極的に動く姿勢は見られなかった。多極化する世界に合わせた外交の再構築が求められている。
「革命」を成功させる条件
革命とは、旧体制を倒した瞬間に終わるものではない。新しい政府が人々の声を丁寧に聞き、政治と行政を運営していかなければ、倒された旧体制以上に混乱を招く危険がある。イラン革命の教訓は、まさにそこにある。
高市政権が「革命」としての期待を裏切らず、社会の安定と改革を両立させられるかどうかは、これからの政策運営にかかっている。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男