2024/4/11
NHKの朝ドラ「虎に翼」が話題です。何?女性は無能力者?夫の許可が無ければ雇用契約を結んで働くこともできない?
このヒロイン寅ちゃんのモデルは我が国で初の女性弁護士の一人であり、初の女性判事・家庭裁判所長の三淵嘉子さん。1929年に明治大学で女性も法学部への入学が許可され、女学校を出たら結婚があたりまえといわれた時代、彼女は法学部に。
でもまだ女性が弁護士にもなれない時代。6年前の1923年(そう関東大震災がおきた年)に東北帝国大学が法文学部を設置し、女性の入学を認めたものの、法学専攻の女性はゼロ。まわりの反対を押しきって入学したって就職先もなかったんですものね。
何度か延期された弁護士法の改正が行われ、ようやく女性も弁護士資格がもてるようになったのが1933年。(その2年前満州事変が!)
朝ドラの中で、法改正がまたも国会で延期になり、落胆する学生たちの姿が描かれますが、法律をつくる国会議員は男性ばかり。その時代も、男女平等や女性の社会進出をという声もあったものの、国会の動きは鈍かったのですね。
法律をつくる人たちが「裏金」や「脱税」まがいを平気でやっている今の姿も噴飯ものですが。
三淵さんは1914年生まれですから、今生きていらっしゃれば110歳。そういう人が時代を切り開いてこられた。
私が女性の政治参加を進めたいと「女性のための政治スクール」を作ったのは1993年。その時、名誉校長をお願いしたのが加藤シヅエさん。1946年の女性が初めて参政権を得た年に立候補し、39人の女性が誕生したお一人で、その後28年間国会議員をつとめられましたが、彼女は1897年の生まれ。貧困の中でも次々子どもを産まざるをえない女性たちのために「産めよ殖やせよ」の時代に避妊具を自分でつくって送り続けたことは周知の通りです。
先日、親しくしていた赤松良子さん(細川護熙内閣の文部大臣)が亡くなりました。その2週間前ほど前、一緒に食事をし、「じゃあまた」と別れたばかりでした。彼女もまた「男女雇用機会均等法」など、働く女性たちのために努力した人で、1929年の生まれ。
加藤さん、三淵さん、赤松さんらはみな「ガラスの天井」を打ちくだいて生きてこられた。もちろん、他にも多くのそうした先輩たちがいてくれたからこそ、今の私たちがあるのだと思います。
ヒラリー・クリントンさんが大統領選に破れた時、「最も高くて硬いガラスの天井はまだ打ち破れていないが、いつか誰かが、私たちが考えているより早く達成してくれるだろう」と言ったけれど、私たちのまわりに無数にあるガラスの天井を「おかしい!」と思う女性たちが、続々とスクールで学んで議員として活躍しています。これからも「はて?」「おかしい!」を変えていきましょう。
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